「神楽坂→国立 路線バスの旅(後編) 旅の終わりに待っていた日常

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新宿西口発武蔵境行きの都営バス。


終点、武蔵境駅に着いたら18時30分。電車なら25分のところを1時間10分。見慣れた風景、イトーヨーカドー西館前で下車。



次の乗り継ぎは武蔵小金井行きの京王バス。時刻表を見ると19時20分。げっ、ほぼ一時間待ち。待ってる間に2.5往復できるぞ、電車なら。もうやめて電車で帰ろうかなとも思ったけど、古人曰く、毒を喰らわばサラ・ヴォーン



せっかくここまで来たのだから最後までやろう。


駅周辺で時間つぶし。とはいってもさっきソイ丼を食べたばかりだから飲食店はNG。となると、本屋と古本屋くらいしか行くところはない。などと言っては身も蓋もないので、おとなしく界隈に点在する古書店と書店を巡る。


途中、夏にピッタリな錠前屋さんを見つけたが残念、もう日が暮れてシャッターが降りていた。



ははは、富士ロックも日が暮れて幕を降ろしたか。いや別に鍵の御用はないので残念ではないが。


いろいろ巡りすぎて時間ぎりぎり。イトーヨーカドー東館前から19時20分発車寸前のバスに乗り込んだ。


バスは井口新田を回って、なんて言っても地元の人しかわからないだろうけど。もうすでに暗いのでテンションはあがらない。「光を観る」と書いて「観光」という。周りが暗いと観光にならない。納得の話である。雨まで降ってきた。ますますテンションがあがらない。


終点の武蔵小金井へは意外と早く19時40分ころに着いた。


さてここからは、玄人受けするマニアックなルートを考えていたのだけど、時間が遅く最終が出てしまっていた。やむなく王道ルートを。いや、逆に考えると邪道か。


ここまで中央線に沿ってきたが京王線エスケープ。ちょうど来ていた京王バス府中行きに乗車。府中を中継に国立までジグザグで行くつもり。


小金井・府中間はメジャーな街道。途中、府中市民美術館の前を通る。けど暗いから良くわからない。以前書いた「BUILDERS」のいかした看板の前も通るがこれも暗くてよくわからない。


アビーロード ←クリック!!


結構距離も長く、途中、東八道路甲州街道を越えたりするので府中駅に着いたらほぼ20時15分。乗車時間30分以上。けっこう乗り応えがあった。


ここ府中からはまた京王バスで「谷保経由国立行き」。20時29分発。


この路線にいたっては普段から乗り尽くしている。まったく日常。まったくもってテンションがあがらない。少なくとも旅の高揚感は皆無。


国立駅には20時50分着。そのままいつものように家に帰り、いつものように「開運!なんでも鑑定団」を見た。と僕はいつもどおりだったがテレビの中はいつもどおりではなかった。


こんなふうにして僕の今年の夏のバカンス「神楽坂→国立 路線バスの旅(後編)」は終わった。電車なら1時間の距離を5時間半かけて帰ったことになる。もういちどやりたい、とは思わないが武蔵小金井以西については、内心忸怩たるものがあるのでリベンジしたいという気、少しある。<今日の2句>


昂まりも 日常に融け 夏の旅


夏フェスも 幕を降ろして 日暮れかな




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「神楽坂→国立」路線バスの旅(前編) 長すぎる路線の謎


8月も終わる。夏の終わりだ。

去年の8月は「大阪芸尽くしの旅」(←クリック!)に行った。


一昨年は次男・三吉(仮名・当時中1)と日本橋→国立、夜通し「徒歩ツアー」(←クリック!)を挙行した。


一昨々年は次男・三吉(仮名・当時小6)と国立→大月、甲州街道二泊三日徒歩ツアー(←クリック!)に行った。


で、今年である。毎日が夏休みのような身の上で夏休み旅行でもないが、何もないのも寂しい。そんな寂寥感に襲われた。


そこで以前から気になっていた疑問を解消する小旅行を行った。



昨日の話である。それは、



「神楽坂→国立、路線バスで帰れるか?」



である。電車で約一時間の「神楽坂→国立」。路線バスならどのくらいかかるか、それよりまず「行かれるか」である。


「もし電車の運行が止まったら」の仮定の訓練ではない。もしそうなったらバスなど正常に運行されるはずがない。あくまで物見遊山である。


ところがいきなりの蹉跌。


神楽坂にバスは通っていない。路地の集合体であるこの町をバスが走れるわけがない。そこで隣町の「山吹町」を基点とした。15時30分に都営バス[白61]系統に乗車。目白発の新宿西口行きである。



ぼくのいつもの通勤路を逆行する形ですすみ、黒くそびえる「国防タワー」が見えてくると市谷エリア。あれは防衛庁の施設。スカイツリーよりずっと低いけどずっと威圧感のあるデザイン。


どこのバスでもそうだが乗客は年配の人が多い。曙橋を通り新宿2丁目。厚生年金会館はどのへんにあったか。歌舞伎町の雑踏を突っ切り大ガードをくぐるともうそこは新宿駅西口。目の前に東京モードのコクーンタワーが聳え立つ。



到着は16時20分。乗車時間50分。意外とかかる。


地下道をくぐって、乗り継ぎのバス停へ。


次が飛び道具。


新宿西口発・武蔵境行きの小田急バスだ。実はこの路線の存在を知ったのが今回のツアーの発想の発端でもある。ビックカメラ前のバス停で次の発車時刻を見ると17時22分。



げっ約一時間待ち。せっかちな僕は早くも「電車で帰ろうかな」と思い始めた。でもせっかくはじめたのだから続けようねと気を取り直したが、排ガスの硫黄で気持ちが悪くなってきた。そこでちょっとエスケープ。新宿西口の駅前を歩き始めた僕の目にビビッドな看板が飛び込んできた。


「思い出横丁」



7月18日の日記で、改装の時、勢いで柱を切っちゃって店の再開ができなくなり途方にくれる居酒屋のことを書いた(←クリック!)。 居酒屋の改築を基点に、世界平和、メディアの責任までを深く考察する画期的な論考だった。


その店があるのが思い出横丁なのだ。その店はすぐに見つかった。ドキュメントで頭を抱えていたご亭主はいなかったが、その後ろで困った顔をしていた年老いたお母さんがやはり困ったような顔で店番をしていた。


番組で紹介されていた名物の「ソイ丼」を注文。



肉が高級品だった時代のタンパク源として先代が発明した料理だということだったが、要は大豆とひき肉のカレーのカレー丼。これはまずいわけがないね。中辛。


500円でボリュームたっぷり味噌汁つき。美味しかったし、店の出入りの際の、杖を突いた僕への心配りもうれしかった。今回はたまたま夕方から開いていたが基本的に夜の居酒屋なので、無期禁酒中の僕にはなかなか来る機会はないかもしれないが、また来たいと思った。ソイ丼食べたいぞ、すでに。


満腹で横丁を徘徊し再びバス停へ。新宿西口発・武蔵境行きの小田急バスはまもなく来た。



最後部。遠足バスのお調子者の指定席にポジショニング。


しかしすごい路線だなあ、新宿西口発・武蔵境行き。存在の意味がわからない。もしルナールだったら路線図を見て「バス、長すぎる」っていうね、きっと。


乗車率は7割程度。途中までは甲州街道を走行。三吉と徒歩で歩いたなつかしの道。文化学園とかスクエニショールームとかオペラシティの前を通り、大原交差点の先で井の頭通りに入る。これをまっすぐ行けば吉祥寺なのは方向音痴の僕でもわかる。


吉祥寺に着いたのは18時10分。僕の前に座っていたおじいさんが降りて最初から乗っているのはとうとう僕だけになった。


このへんから僕のテンションは下がり始めた。日が落ちて暗くなってきたのだ。車窓からの景色が楽しめない旅はテンションがあがらない。写真も撮れないし。


せっかく三鷹禅林寺の前を通ったのに暗くて写真が撮れなかった。残念。


でもここまでくると終点の武蔵境も近い。


では続きは明日!!<今日の2句>


武蔵野の 大地切り裂き バスの夏


思い出は 切なく辛く 夏の果て




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高幡不動へ


野暮用あって高幡不動へ。多摩モノレールに乗って。


モノレールはそこそこ込んでいたが運よく座れた、思ったら、お年寄りが乗り込んできたから思わず立ち上がって席を譲ってしまった。自分に障害があるのを忘れていたのだが、お年寄りも素直に座ってくれたので良かった。多摩モノレールはほとんど揺れないので僕でも大丈夫。


とっとと野暮用を済ませた後はお不動さん参拝へ。



ここは土方歳三の生地が近く観光化に成功して賑やかだ。うらやましい。大河の「ザ・新撰組」のときの勢いをいまだキープしている。あやかりたい。きっと知恵者がいるのだろう。


最近ではそれに「もしドラ」が加わった。


ベストセラーになっている「もしドラえもんが女子高生になったら」だったっけ、その舞台でもあるのである。さっそく町興しに活用しているようだ。国立だって『謎解きはディナーのあとで』等、東川篤哉作品の舞台である。そのうちドラマ化か映画化がなされるだろうから、そのときどう動けるかが腕の見せ所である ( あくまで上から目線)。


お不動さんは紫陽花まつりだった。


それにしても、本格的な山行きの装備の人が多いのはどういうわけだ。たしかにここの境内は起伏に富んでいるのだが、この僕でさえ普通に歩ける道である。キャラバン・シューズは不要だろう。高尾山薬王院と間違えてるんじゃないのか?


参拝後はランチ。高幡不動でランチと言えばやはりこちらでしょう、インド料理の「アンジュナ」。



アンジュナ」でマトンカレーをナンで。美味いが辛い。汗が噴き出す。


そしてお土産はいつもの門前の松盛堂さん。高幡まんじゅうにするか土方歳三まんじゅうにするか歳三もなかにするかで揉めていたら、詰め合わせもあるとのことで、それにした。



三種類楽しめて「歳三まんじゅう」のおまけの「ブーツ」のしおりもついていた。ラッキー。<今日の一句>


紫陽花の 道に山靴 響きをり


参拝の 汗よびもどす インドめし


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京都の思い出 「池田や」騒動

夜、見るともなしテレビでドワイ(土曜ワイド劇場)。渡瀬恒彦主演のタクシードライバーの推理日誌シリーズ。



そしたらびっくり。事件解決の鍵となった「京都の料亭」が知っている店だったのだ。思わず「あっ!!」と声を上げてしまった。


行った事がある。社用ではない。


大学時代のある師走、歌舞伎仲間と行った京都南座の顔見世興行見物の宿がここだったのだ。「料亭」というより当時は「ちゃんこ屋」という感じだった。で、夜は民宿となる。


その歌舞伎仲間とは、当時のことを書くと叱られるから書きたくないのだけど、書かないと話が進まないので書く。


ご想像通り、女流義太夫三味線奏者の鶴澤寛也師匠と仲間たちだ。山ちゃんもいたよね。


このお店というか宿を見つけてきたのも師匠だった。


「ガイドブックでいい宿を見つけたの。<梅川>っていうの。ステキでしょ、梅川忠兵衛みたいで」


南座の芝居見物はそりゃ夢のように楽しかった。客席で「よおっ!!」と声をかけられて振り向くと、


「ワシや! 池田や!」


同じく歌舞伎仲間で大阪の実家のご家族と観劇に来ていたH大の池田さん(先輩。男性)だった。そんな偶然も楽しかったし、終演後に四条通を歩いていたら山ちゃんが知らない女に丸めたカレンダーと思しき紙の筒ですれ違いざま頭をポコンと叩かれて、しばらくしたらその女がまたやってきて山ちゃんの頭をまたポカンと叩いたりして実に愉快だった。



で、件の宿なんだけど。なかなか見つからないんだ。住所を頼りに近くまでたどり着いているはずなんだけど、地元の人に聞いても「知らない」という。ようようのことでたどり着いたら、「梅川」ではなく「梅むら」だった。違うじゃん!!


「あ違うわ、ごめん」


風呂場がないので近所の銭湯券を渡されてびっくりしたりしつつもとりあえず部屋に入って宴会を始めたら、隣の座敷から歌声。


「ひとつ出たホイのヨサホイのホイ。一人娘と‥」


当時は料亭ではなくちゃんこ屋だった。しょうがないので僕が代表して勇気を奮って、手拍子しながら唱和したら女子から顰蹙買ったんだなぁ。そしてクリスマス・イブだったんで不二家のクリスマス・ケーキを持ち込んでそれを肴に熱燗を飲んだら泥酔したら、男子から顰蹙買ったんだ僕が。


でも京都の昼の部に間に合うように早朝に東京を出て、昼の部夜の部をぶっ通しで芝居を見たから皆疲れてて早仕舞いの空気。そんな時、トントンとノックの音。「お客様です」と仲居さん。「え?」と思ったら、


「ワシや! 池田や!」


ご家族を帰して池田さんが遊びに来ちゃったのだ。われわれはもうヘロヘロだが池田さんは元気いっぱい。


「寝るなー。おもろないどー、ワシは!」


結局、池田さんは朝まで帰ってくれずに大騒ぎ。


それはのちのち「京の池田や!騒動」として歌舞伎仲間に語り継がれることとなった。




「梅むら」を見たら、約30年前のそんなこんなな思い出がいろいろとあふれてきた。それを一緒にて見ていた家族に話したら、


「うるさい。筋がわからなくなる」


と顰蹙を買った。30年前も今も、つねに顰蹙を買うなあ俺は。<今日の一句>


想ひ出が 奔流となり 梅のむら






夏の浪速の芸尽くし(17・最終回) なんばグランド花月

〔8月9日の日記 その2・最終回〕

吉本新喜劇の人気座長・小籔千豊実家詣でで勢いをつけていった先は南海本線の終着駅は始発駅「なんば」から8分のNGK。なんばグランド花月である。


うーむ微妙な時間だ。食事をするほどの時間は無いが、開場時間にはちょっと間がある。とりあえず戎橋筋を北上して戎橋へ。グリコの巨大看板で有名。カーネル・サンダースがダイブしたのもここだっけ?


人形だけになってしまった「くいだおれ」の前を通ってその先を右折、パチンコの「四海楼」。ここは以前中華レストランで巨大な亀の人形があって不気味だった。


暑い中を散歩している間に開場時間の12時15分。NGKの前は黒山の人だかり。列について中に入ると出迎えてくれたのは「こども店長」ならぬ「こども支配人」。池乃めだかを模した着ぐるみだ。

スタッフが子どもになにやら配っている。


「小学生までのお子さんにシールをお配りしてまーす」


そこで、次男・三吉(仮名・中2)を行かす。ちっこいから大丈夫。「ギャラは昼飯に寿司ね」。ああ、寿司ぐらい何ぼでも食わしちゃるわい(折込済み)。


開演は12時45分。満員。まずは演芸から。出演は、中田カウス・ボタン/海原やすよともこメッセンジャー桂小枝矢野・兵動笑い飯もりやすバンバンビガロ、の皆さん。どれも面白かったけど、矢野・兵動が一番面白かったかな。夏休み中で子どもが多いせいか、おとなしめのネタが多かったかもしれない。


新喜劇は未知やすえ座長。去年の朝ドラの「ウェルかめ」。あの退屈極まりないドラマにおいて唯一面白かった、うどん屋のおばちゃんをやった人。

タイトルは「真夏の花嫁」。この花嫁が山田花子である。他にMr.オクレ、烏川耕一、中山きんにくん、島田一之介、井上竜男、他。相変わらず他愛の無いユルユルなお話で、若手とベテランがうまくかみ合っていて面白かった。が、やはりおとなしめの印象はぬぐえなかった。いや、面白かったんだけど、健全に過ぎたかなぁ。


それにしても・・・・、一日四回興行とはすごいなぁ。



終演後、外に出たらにわか雨。アーケードに逃げ込み、そのまま「がんこ寿司」へ。

がんこ


三吉のリクエストに応えて、寿司屋で遅い昼飯。「あ、この店知ってる。立川の駅前の店。大阪にもあるんだー」


って、ここが難波本店だぜ。それぞれ寿司とうどんのセットなど食す。それにしても安いなぁ。


店の外にあった看板。


「感性の会」って、あなた・・・・。はじめ「魔性の会」って読めて、奥村チヨでもいるのかと思ったよ。



食事が済んだら、もう帰るだけ。御堂筋線で新大阪に行き、新幹線であっさり帰ってきた。車内ではもちろん爆睡だった。




☆☆旅の決算☆☆

〔夏の浪速の芸尽くし1〕「天満天神繁盛亭」で上方落語


〔夏の浪速の芸尽くし2〕新世界「浪速クラブ」で大衆演劇


〔夏の浪速の芸尽くし3〕大阪歴博で「鴻池コレクション」の義太夫


〔夏の浪速の芸尽くし4〕国立国際美術館で「 横尾忠則全ポスター」


〔夏の浪速の芸尽くし5〕(京都だけど)「銀の匙」の燻製


〔夏の浪速の芸尽くし6〕住之江区・小籔自転車店


〔夏の浪速の芸尽くし7〕なんば・グランド花月




(おしまい。長期間、お退屈さまでございました)


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夏の浪速の芸尽くし(16) 千日前のメインディッシュ〜小籔詣で

〔8月9日の日記 その1〕

早いもので、今回の旅行の最終日である。もう東京に帰る。朝食は今朝も「パリーネ」のパン。義妹のママチャリを借りてひとっ走り。ちょっとチェーンがギコギコ言う。


「ゲ」を観ながらの朝食が終わったら着替えて、荷造り。段ボール2個。これを我孫子道駅前のコンビニから我が家に向け発送。いっぺんには持っていけないので自転車で二回に分けて持っていく。


荷物を送ったらすぐに出発、と行かないところが、ホテルと違うところ。掃除をしなくちゃね。


一通り掃除が終わったらしっかり戸締りをして、両隣に挨拶をして出発。うんうん予定通りのスケジュールだ。


ガラガラガラガラ・・・・・。


長女・花子(仮名・高2)のキャリーバッグがうるさい。このまま東京に帰るなら我慢するが、今日はこの旅のハイライトがある。こんな音をさせて、ミナミの繁華街「なんば」「戎橋」「道頓堀」「千日前」界隈を歩くと思うとうんざりする。雑踏で危ないし。

そこでキャリーバッグごと宅急便で送ることにしてまたコンビニに。

「シール貼られるからやだ」と花子。

大丈夫、荷札をつけてくれるから。ゴルフ宅急便と同じ。多分。送ったこと無いからわからないけど。


そんなこんなで予定よりも遅くなってしまった。


遅れついでに、一昨昨日、吉本新喜劇の人気座長の一人・小籔千豊(こやぶかずとよ)の実家見つけたから教えてやる。ちょっと遠回りになるけど。


(


吉本ファンならみんな知っていることだけど、お父さんが自転車店を営んでおられるのだ。しかもほとんど同じ顔で。ちなみに妹さんも同じ顔らしい。


今朝はいなかったけど、一昨昨日前を通ったときはちょうどお父さんが店の外に出てこられた。確かに同じ顔だった。身長は20センチほど低そうだけど。ちなみに本人は188センチ。

思わず会釈したら、ニコッと笑って挨拶してくれた。きっとファンの来訪には慣れておられるのだろう。感じのいい人だった。義妹の自転車もだいぶ年季が入っているからここで買うことを勧めておこう。

というわけで、小籔座長の実家詣でなんぞしたものだから、さらに遅くなってしまった。しかも花子も次男・三吉(仮名・中2)もほぼ無反応。ああ、こんな時、虎太郎がいればなあ。


とにかくやばい、遅くなってしまった。昼飯を食う時間がなくなりそうだ。これからこの旅のハイライト、メインディッシュがあるのだ。千日前に急げ!!



(旅の終わり近し。次回に続く)

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夏の浪速の浪速の芸尽くし(15) 阪堺線車内の「聖性」について。カリン・マツコそしてディバイン


〔8月8日の日記 その8〕

阿倍野からはチンチン電車阪堺線で帰った。ちなみに阿倍野の電停は幅3尺も無くって、その脇を車がビュンビュン行くから怖い怖い。


やっと乗った電車の奥から眩い光が見えた。聖なる光。電車の奥に凄く印象的な人がいたのだ。ゴスロリの女の人。

ファッションはほぼ雨宮処凛先生。でも体格はマツコデラックス。でも決して見苦しくなく、むしろ逆に神々しい気品に満ちている。なんというかなぁ、そう「聖性」が感じられるのだ。


ウーム、やっぱりマツコさんじゃないなぁ。むしろディバインかな。往年のドラァグクイーン


そのファッション(阪堺線の彼女の)を皆さんに伝えたいんだけど、僕には無理。言葉がわからない。絵に描こうにも、後光がまぶしくてディティールがわからない。


そこで頼りになるのが長女・花子(仮名・高2)である。同じく衝撃を受けた彼女は自分の携帯電話に詳しくメモしたのだ。これで絵に描ける。

曰く、

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腕にはグルーミィのぬいぐるみ。ピンク色の縁の大きなグラサンをかけている。

ピンクと黒の市松模様のリボンを付た黒いシャツの下にはピンク地に黒い柄プリントのシャツ。黒いフリル付きのミニスカを履いている。ぬいぐるみかと思ったらでかいグルーミィのバックを肩掛けている。右足は黒地にピンクの星のプリントがされているニーハイを履いて左足はピンクと黒のストライプのニーハイを履いている。

髪の毛は黒と青のメッシュ。ツインテールで蛍光ピンク色のヘアピンを付けている。頭上には小さなダメージの多い黒いシルクハットが乗っている。右腕には同じくピンクと黒の市松模様の腕輪を2個付けている左はあとさくらんぼの腕輪。

なるほど、これで絵に描ける。



違ーーーう。

こんなんじゃなーーーーい。


その夜、かの聖女は僕たちと同じ終着駅で降りた。案外近所の人かもしれない。

家についてからも彼女のことが気になって、衛星ハイビジョンで観る「龍馬伝」も上の空だった。



そして今日(8月28日)、「聖性」を辞書で引いたら英訳は「Divine(ディバイン)」だった。僕の感想も、そう見当はずれではなかったようだ。




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