感想。『中野さぼてん学生寮』(北尾トロ著・朝日新聞出版)

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今、北尾トロさんの『中野さぼてん学生寮』(朝日新聞出版)を読んでいる。


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裁判傍聴ものや古本関係のエッセイで大人気のライター・北尾トロさんの初の小説である。映画化、コミック化、舞台化された作品もあり、ペーソス溢れる脱力エッセイで今や斯界の「大家」といっても過言でない著者が選んだ題材は「自伝的青春小説」。


全力投球の青春小説だ。ただ全力投球といってもそれが目にもとまらぬストレートの剛速球とは限らないのは、野球経験者でなくても容易にわかることだろう。スローボールかもしれないしフェンス越えの大暴騰かもしれない。さて本作は・・・。


1970年代の後半、父の死と同時に大学に入った「俺」の不思議な学生寮生活とそれを取り巻く群像が描かれている。



根幹を成すのが父と息子の関係。一世代前の「教師は敵、親父は鬼(「高校放浪記」より)」とは時代が違うし、一世代後の「友達親子」ともだいぶ違う。その狭間の、二者に共通する「照れくささ」が最大のファクターとなっている時代。


実体のつかめない壁の向こうにいるただただ得体の知れない存在。つまり顔が見えない存在、それが父。でも死後に父の友人たちとの交流によってその存在に血が通い始める。存外に快活な男であり若い日には大きな屈託を持っていたらしい。


で、この「俺」が入った学生寮。実は大黒柱を失った「俺」家を案じての特例で入寮できた父の勤務先の子弟用の学生寮だ。父の死がきっかけで、それまで縁の薄かった父の息吹と向き合うことになるのである。


青春小説である。やはり重要なのが「DDT問題」。つまり「脱・童貞」問題だ。


当時は「やらずのハタチ」なんて言ったものだけど(今も言うのかな)。今になれば本当にどうでもいいこと。図らずも20歳まで保持してしまったのなら30、40まで温存すればいいのに。そのほうがよっぽど貴重なのに、当人たちとすれば大問題。これもこの小説のひとつのテーマになっている。ただ、あっさりと。必要以上の意味は持たせずに、淡々と描いている。その潔さも好感が持てる。


寮の隣室の先輩「コバジ」の造形が秀逸だ。純情で暑苦しく肥満体でしつこい。これって考えようによっては「父」のメタファーだ。友人たちの証言によって「見えない壁」が取り払われた亡き父。たいていの父親は中年太りで暑苦しくてしつこい。そして純情だ。


学生運動セクト活動に疲弊して退学していく同級の小島がせつない。不器用な「俺」よりもさらに不器用な青年、「遅れてきた青年」にさらに遅れてきた青年の屈託が涙を誘う。


もちろん「俺」の恋愛も描かれる。でも優柔不断で不器用で進展が遅い。


進展は遅いが、ゆっくりとは進んでいる成長小説だ。ありがちな露悪的な表現は少なく読んでいて心地よい。もちろん強欲ではないが、かといって無欲ではない。その辺もリアルでほどがいい。


言うまでもなく自伝的小説なので主人公には筆者がもろに投影されているはず。筆者の著書に「全力でスローボールを投げる」(文芸春秋)という好著がある。不器用で愛すべきおっさんの生態が描かれているエッセイ。まさしくそれ。19歳から全力でスローボールを投げていたんだなこの人は。


私事だが、僕も筆者とほぼ同時期に同じ大学に通っていた。一度くらいはキャンパスですれ違っていたかもしれない。


こんなやついたなぁと思い出す。学生運動セクト活動に疲弊する小島のようなやつもいたし、妙に世渡りのうまい奴もいた。高飛車なレイヤード女もいた。みんなで車の話をして盛り上がってるところに「私、国産車って嫌いなんです」って発言を聞いたときは手足を縛って外壕に蹴落とそうかと思ったよ、実際(これは単なる私怨)。


裁判傍聴モノほどは売れないかもしれないけど、小説をぜひ書き続けて欲しい。もちろん「俺」のその後、その前でもいいけれど、この群像劇にさらりと登場してさらりと退場していった脇役たちの行き方をもっと掘り下げても面白いと思う。


またキャラの宝庫ともいえる本作においてとりわけ異彩を放つ隣人・コバジをさらにクローズアップしたら面白いと思う。トム・ソーヤ以上に人気の出たハックリベリのような大化けがあるかもしれない。そこにも期待したい。


そしてタイトルにもなっている寮名の「さぼてん」。これって周り棘だらけでとっつきにくいけど外皮(壁)を取り払ってみると思いのほかしなやかで瑞々しい、父と言う存在の暗喩、というのは穿ちすぎかな。<今日の一句>


破りたき ページ愛しき 青い春


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