続・あなたは日本人でよかった、か。〜永さんと好江師匠の事〜

(昨日の続き)


そんなわけで子どものころから大好きだった永六輔さんと内海好江師匠の対談を企画して、薄っぺらな発案にも関わらず素敵なページにしていただいたのだった。




当時のお二人のお忙しさと言ったらそれはもう殺人的。しかもともに全国を駆け回る生活。


なかなか日程が組めずに時間だけがたって行き「もう無理か。代替企画を立てるか」と腹をくくりかけたころ、お二人が同時に東京を「通過」するタイミングを捕まえることができ、日程だけは決められた。


でもそこからも大変だった。その唯一のタイミングというのが、12月29日の午後2時半から4時半。


対談の収録は、当時はまだ景気がよく築地の料亭を使っていたが、永さんが会食しながらの対談がNGだったので使えない。


そうなると貸会議室しかない。1992年。まだインターネットなど無かった時代。いやあったけども僕の勤め先にはなかった。地図と電話帳で調べるしかない。しかも世間がもう正月休みになっている12月29日。いわゆる「○○会館」的なものは軒並みお休み期間。


しょうがない。シティホテルのスイートルームを一泊で借りるか。超過料金を払ってチェックイン前から使わせてもらい、夜は友達を集めて夜通し忘年会。稟議通るかなぁ。その前に、立て替えられるかオレ、この年末に・・・。


と追い詰められたところで、今はもう無い「霞友(かゆう)会館」が対応してくれた。外務省の外郭施設でオークラが運営していたホテル。小さい会議室は無いのだけど一番小さい宴会場をパーテーションで区切って小さいスペースを設え、時間で貸してくれた。


好江師匠はずいぶん早く来られ、永さんは少し遅れた。


好江師匠が、


「どうしたのよぉ、永さん。永さん、いつも早いから私も早く来たのに今日は遅かったじゃないの」


というと永さんは、


「ごめんごめん。今日はペンクラブ野球部の集まりだったんだけど、安部譲二が遅刻してきて終わりが遅くなっちゃったんだよ」


と答えた。




対談が終わり職場に戻るとその日は仕事納め。僕の勤務先は、最終日は午後2時ごろ退勤となるのが通例だったので、ほとんど人のいないオフィスで荷解きをして一年の勤務を終えた。



年明け早々、対談の構成をしてゲラ校正。好江師匠は事務所に送り、永さんは赤坂のTBSにお持ちした。亡くなる寸前まで続けられた「土曜ワイド 永六輔その新世界」の終わり時間に合わせての訪問。


建て替える前の旧社屋。ラジオのスタジオは地下だというので地下に降りて誰もいない薄暗い地下廊下を一人歩いていたら耳元で男性の声がした。


慌てて振り向きつづいて周りを見回したが誰もいない。すわ怪奇現象かとゾワゾワしたら長ーい廊下のはるか先にセーター姿の男の人がいてこちらに歩いてくるのが見えた。手に紙をもっている。つまりアナウンサーがニュースの下読みをしながら歩いていたのだ。遠くにいるのにすぐ近くから聞こえる声。プロっていうのすごいなぁと感心した。


永さんのスタジオに行ったら対談収録時にもお会いした女性マネージャーさんが外に立っておられてご挨拶。並んで放送の終了を待った。


ランプが消え(たかどうかは覚えてないけど)放送が終わるとドアが開き、先にパートナーの長峰由紀アナが出て来られた。当時入社6年目の若手時代。永さんのマネージャーと話していた僕ににこやかにあいさつしてくださり、その輝かんばかりの美しさに腰砕けになりそうなところに永さんが出て来られた。
校正ゲラをお渡しすると、


「いつまでだっけ。ごめんね、僕はすごく直すんで」


とおっしゃって微笑まれた。


数日してゲラは戻ってきたがお二人ともほとんど直しは無かった。


でも困ったことが一つだけ。収録時は貴乃花(当時、貴花田)と宮沢りえが婚約中で文中にもその話題が出て来たんだけど、校了寸前に「愛情が無くなって」別れてしまったのだ。ちょっと内容と現実がちぐはぐになっちゃうんで双方のマネージャーと相談して最小限の修正で違和感の無いように加工した。あ、双方のマネージャーというのは永さんと好江師匠のね。貴花田宮沢りえではないからね。


永さんとはその後も何回かインタビューさせていただいたりしてお会いする機会もあった。インタビュー場所はいつも新築なったTBSのロビー喫茶室だった。


好江師匠には対談直後、掲載号発刊直前の節分の夜にお会いした。


その年の谷保天満宮の豆撒きゲストが内海桂子好江師匠だったのだ。僕は当時二歳だった息子を連れて行った。


特設舞台から好江師匠が投げる豆をキャッチできたか出来なかったかは覚えていない。


舞台からは桂子師匠、好江師匠が順にマイクを持ってあいさつされた。


好江師匠の傍らにはなぜか大きな衝立が置かれていた。


挨拶の終わりに好江師匠は


「お一人、皆さんに紹介しますね。ここの近くの出身でこれから芸能界で頑張って行こうって覚悟を決めてる人です」


すると好江師匠の横の衝立がぐらりと揺れた。


衝立と思ったのは裃をつけた大きな男の人だった。好江師匠からマイクを受け取ると静かに、でも明るい声で話した。


「みなさんこんばんは。宇梶剛士といいます」


そこには既にテレビでよく見かけるようになっていた俳優さんがいた(宇梶さん、ファンの皆さんすみません、衝立に見えたなんて言って。話、盛りすぎました。とにかく大きかったんです)。



出番を終えて社務所に引き上げる好江師匠に駆け寄りご挨拶。先日は対談ありがとうございました。


「あらまぁ、あなたこのお近くなの?」


そして僕の顔と息子の顔をしげしげとご覧になり、



「なによぉ、同じ顔じゃないのよぉ!」




と言われたのだった。



それが好江師匠にお会いした最後だった。




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