(昨日の続き)
30数年前、国立駅北口の鉄道技術研究所(現在の鉄道総研)の周辺は国鉄関係の古い木造平屋の官舎がたくさんあった。それがいつの間に取り壊されて更地になっていた。いや、いつの間にということはない、僕らのテリトリーじゃないから知らなかっただけだ。
当時はすでに宅地化がかなり進み、空き地や雑木林はほぼ壊滅状態にあった。そこに広大な空き地が現れたのだ。悪ガキたちが放っておこうはずがない。うわさを聞いた僕たちも勇躍、3人連れ立って乗り込んで行った。学区どころか町まで違うのだ。まさしく乗り込むという感じだった。
跡地はすっかり更地になっていて、もともとそんな地形だったのか残土なのか、あちこちにちょっとしたボタ山のような小山ができていた。そこに近郷近在から悪ガキどもが集まって、大小のグループごとに思い思いに、穴を掘ったり水を撒いたり土くれをなげあったりの大暴れをしていた。そのころは子どもが入り込んで怪我をしたとしても「管理責任」なんぞ言って訴える親はいない。別にどっちがいい悪いじゃない、そういう時代だったというだけだ。
僕たちは乗り込んだはみたものの、テリトリー外から来た気後れもあり、隅のほうで地味に遊んでいたように思う。
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突然、土くれが飛んできた。
初めは気のせいかと思って気にも留めなかったのだけど同じ方向から繰り返し飛んでくる。明らかに僕たちを狙っている(ように思えた)。
マッチ棒のように細っこいがマッチ棒のように点火しやすいヒックンが声をあげた。
「誰だ! 出て来い!」
こういう台詞というのは、相手が出てこないことを前提としているものである。「出て来い」と言って「出てきた」らびっくりしちゃうのである。
でも出てきちゃったのだ。薄汚れた作業服を着たヒグマか赤鬼のようなおじさんだ。
「おまえら、おれにさっき石を投げたろう」
・・・・言っていることがアベコベである。
もちろん僕らは投げていないし、流れ弾が飛んでいくような遊びもしていない。
さっきまで威勢のよかったヒックンだが、彼は小さいころから剣道をやっているせいか、長幼の序をわきまえている。大人には従順だ。ノブちゃんはおとなしい美少年だから、およびでない。
結局、僕がおじさんに僕らの遊んでいたところを指し示し、穴を掘ったり泥団子を作ったりはしていないことを説明するとともに土で汚れてもいない手を見せて、僕たちでないことを納得させた。
「じゃいったい誰なんだ」
とまわりを見回すおじさん。
「さあ・・」
と一緒になってまわりを見まわす僕。
そのとき、一山むこうにいた一番大きいグループの何人かと目があった。
「畜生、あいつらだな」
おじさんはそちらにのそのそと早足で行った。
おじさんと最大グループの押し問答が遠くに見えたが、しばらくすると彼らでもないことを納得したのか、どこかに去っていった。やれやれ。
などと安心していたら、今度は僕たち3人が件の最大グループ10数人に囲まれてしまった。
「おまえら、俺たちが石を投げたってあのオヤジに吹き込んだろう」
「いい度胸だな。おまえら3人で俺たちに喧嘩売ろうってのか」
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一難去ってまた一難である。
マッチのヒックンは同じ子ども相手になら強いが多勢に無勢である。美少年のノブちゃんは鼓笛隊で小太鼓の名手だがここでは役に立たない。かく言う僕もクラスで一番相撲が強く、5年生の時には同級生を投げて大怪我をさせて学校で相撲が禁止になった原因をつくった少年ではあったが、「じゃあここはひとつ、相撲で勝負をつけよう」という場面でもない。
またしても口舌の徒としての僕の出番となってしまった。
1 あのおじさんが勝手に勘違いして貴グループに因縁をつけたこと
2 われわれは遠く離れたところで遊んでいたので貴グループの存在を認識すらしていなかったこと
3 もしわれわれが貴グループを売ったのであればいつまでもこの場にとどまっていたことはありえないこと
などを説明し、納得とまではいかないがそれ以上の言及を封じることができた。それでも引っ込みがつかない相手のリーダーは、
「まあ、喧嘩だったらいつでも買ってやるぜ・・・」
の捨て台詞を吐いて、配下をひきつれ去っていた。
やれやれ、一安心。でも実は、もうひとつの勝負がこれから始まるのだ。
それは早起き。明日は他の二人より早く学校に行って、いかに自分が英雄的であったかと他の二人がふがいなかったをクラスで吹聴しなければならない。
こればっかりは早い者勝ちだ。同級生といえども、いや同級生だからこそシビアなものなのである。