ほんやらなまず句会10月例会 1

国立には「ほんやらなまず句会」という名前の俳句の会がある。

 毎月1回、国立東の画廊喫茶「キャット・フィッシュ」に集まり、元・「MORE」「コスモポリタン」編集長の宗匠・二庵氏を中心に運営され、僕もその末席を汚している。「ほんやら」は歌手の中山ラビさんの店「ほんやら洞」のほんやら、「なまず」は「キャットフィシュ」のなまず。両方の常連が基本の句会だ。

 先日行われた10月例会の季題・兼題は、「時」 「日時年月日」「秋の木の実」
 そこで出句した自作をご披露。


      
     朝顔の種はりはりと爆ぜにけり

   
     無花果も結ばぬままの月日かな

   
     手を離し数珠玉摘んだ帰り道


     秋風や上には上また上がいて


介錯と干渉】
第一句 子どもが学校で育てた朝顔。夏休みからは我が家に帰ってきている。夏の間楽しませてくれた花はとうに散り、乾ききっている。ちょっと触るとたやすく、はかなく爆ぜて黒い種がこぼれるその風景。秋の深まりを感じ、遠い夏を偲んだ。

第二句  先日、職場で「勤続ウン周年」ということでお祝いの会を開いていただいた。そのとき同僚が、
金木犀二十年前の花の数」という句を献じてくれた。句意は、僕が就職してからの日々を金木犀の木の成長に喩えてくれたのだと思う。ありがとう。僕の「無花果も結ばぬままの月日かな」は、実はそれへの返歌。花は咲かず実だけなるイチジク。馬齢を重ねつつ実さえ成さないわが身・・・。でもいつか実る時もあるでしょうという句意。ちなみに本当はイチジクは花が咲かないのではなくて、イチジクの花というのは実の中に咲くのである。

第三句  中学校の時の帰り道、数珠玉の木が道沿いにある家があって、フェンス越しに手が届くので、勝手に採っている悪ガキがたくさんいた。 ところで、学園祭のシーズンにはにわかカップルが量産される。 大人の目で見ると可愛いやら気恥ずかしいやらなんだけど、学校帰りも制服姿で手をつないで帰ったりしてね。それまでずつと手をつないできたけど、件の数珠玉の木のまえでパッと手を離して数珠玉を採って彼女の掌に乗せて、微笑みあう・・・・。クゥーー!!青春ですなぁ、秋だけど。それを後ろからうらめしそう、いやうらやましそうに見ている少年の姿・・・・もちろん僕なのだが・・・。

第四句   スポーツの秋。自分の贔屓チームや贔屓選手を負かした仇が、次の試合ではコロリとやられて・・・。上には上がいるもんだなあ、この高い秋の空みたいに。


明日は引き続いて、朋輩たちの佳句・秀句を一気にご紹介。