そんなわけで始まりました、「林静一〜読む」展、昨日から。
圧巻。
ギャラリービブリオが本を読む美女で埋め尽くされた。イスに座って店番をしていても照れるぜ。
多くの方にお越しいただいている。オリジナルポストカードも大好評。すべての展示アイテム作成という暴挙。いえ、一部通販なんですけど。
初日である昨日は地元ギャラリーの先輩であるマスオ組のみなさん、そして北冬書房主宰の高野慎三さんにお越しいただいた。
取材は2件。
一件目はT京新聞。「T京新聞」といっても「帝京新聞」ではない。東京新聞。いつ掲載だろう。決まったら告知します。
2件目は地元ケーブルのマイテレビ。カメラのレンズに向かってしゃべるのは緊張するなぁ。声が上ずっているのが自分でもわかった。
言いたいことの半分も言えなかった。←それはうそ。言いたいことなどない。見せたいもの、多数。
放送日はあまり言いたくないけど下記の通り。
夕方からパーティー。
奥のテーブルは主役の林静一さん、地元の親分・嵐山光三郎さん、南伸坊さん、そして国立市の佐藤市長。ディープだなぁ。
料理はウチで用意したものがあったのだけど、林さんの奥様がキャリーカート一杯の手作りのお料理を持ってきてくださり、それがどれもキレイでおいしくて狂喜。ギャラリーのキッチンで奥様とツレが二人並んで盛り付け。憧れの節子夫人との共同作業にツレのなつくことなつくこと。
一人特別ゲストをお呼びしていた。
今回僕は壁の張替え、ピクチャーレールの設置、家具の組み立て、ポスター、チラシ、パンフレットのデザイン、ホームページ作成など自分でやった。市内をくまなく歩いてポスター貼りをやった。さすがにマットは業者さんにやってもらったけど、額装もやった。
もともと僕は不器用な方ではなかったのだけどが、2年前の病気でいったんそれがご破算、ゼロになった。なにもできなくなった。歩けないしパソコンもうてない。左手の握力は14だった。
それを決死のリハビリで一歩ずつ回復させて行ったのだが、もちろん僕だけの力ではない。家族の力とともに専門家の適切なサポートの賜物だった。
最初のころは、左の皿のビーズを右の皿に移すような訓練でそのカラフルな色彩に幻惑されて卒倒したり、目の焦点があわなくなったりしてやる気をなくすこともあったのだけど、療法士さんたちに励まされ指導されて回復を果たした。
この間の事情は「リハビリ道楽」に詳しく詳しく書いてます。
特別編「リハビリ道楽」 ←クリック!!。
そして、今回の開業に関し、かなりの部分を自力でやった。
で、その特別ゲストのお話。
入院中に大変御世話になった作業療法士のTさんにきていただいたのだ。娘のような年代の若い女性だが(事実、父上は僕より年下らしい)、僕から見ると紛れも無い「恩師」だ。
「がんばって回復されて復職して、さらに起業までされて、涙が出そうにうれしいです」
ありがとうございます。これからです。
そんな恩師を上記のディープなテーブルに案内してしまった。いずれも健康が心配な熟年世代。特に市長は福祉畑なのでこの方面には一家言ある。すっかり「健康相談コーナー」になってしまった。仕事帰りにすみません。
にぎやかな酒宴は9時まで。酒は飲めないくせに酒席好きな僕はグズクズで何時まででもよかったのだけど、僕の体調を気遣って嵐山氏が区切ってくれた。
シンボーさんの発声で「林さんの画業発展と蕃茄クンの健康を祈念して」の万歳三唱でお開きとなった。
みなさんをお見送りしたあと階段に座ったら、そのまま少し寝てしまった。尻の痛みで目覚めて慌ててブログだけ更新して帰宅して沈没。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
二日目の今日は大雨。大雨の中栃木から石川淳志カントクが来てくれた。いろいろと四方山話。いやほとんどが落語の話だったかなぁ。企画のネタもいろいろ提案してくれた。なるほどどれも面白そう。さすがクリエイティブ脳だなあ。
夕方には立川企画の松岡社長(故・談志家元の実弟)が来てくださった。ありがとうございます。林作品の美少女像に潜むエロティシズムについて語り合ったが、落語の話はでなかったなぁ。
・・・・・・・・・・・
さて、明日。A新聞の朝刊多摩版に載ります。
A新聞と言っても朝雲新聞ではありません。
小原1尉、金メダル獲得おめでとう。ここで一句、 「真夏日や夫婦で獲った金の星」
朝日新聞です。朝雲新聞に多摩版はありません。多摩在住の人は見てね。
・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・
ご意見、ご希望は下の「コメントを書く」欄へ。内密な話はメールで。
人気ブログランキング参加中。ぜひ1日1クリックください!!