山下敦弘監督作品「リアリズムの宿」

banka-an2004-01-14


山下敦弘監督作品「リアリズムの宿」の試写会に行って来た。渋谷・ユーロスペース一階の東芝試写場にて。

  言うまでもないが原作はつげ義春だ。つげさんの旅マンガ「リアリズムの宿」と「会津の釣宿」がモチーフになっている。

  ロードムービーである。大して親しくない駆け出しの脚本家である坪井と映画監督の木下が、ひょんなことから冬の鳥取を二人旅をすることになって、それに謎の少女がからむというもの。つげさんの原作のストーリーとは大きく外れる。あくまで再現するのは「つげ的世界」。コマどおりにストーリーを追うなら何も映画化する必要はない。マンガのほうが面白いに決まっているんだから。どうせ漫画を映像化するならこの映画のように冒険してくんなきゃね。

  映画のストーリーには別に大した事件なんぞおきやしない。ちいさなちいさなエピソードが積み重ねられていくうちにこのちょっと情けない二人の若者が好きになっている自分に気づく。ただの顔見知りに過ぎなかった二人の心が次第に通じ合っていくのに呼応している、とも言えるかもしれない。

  媒体資料にいう「オフビートな笑い」が波状的に沸き起こる。これが心地よい。

  相撲で言うと、ドッカーンとくるぶちかましのような爆笑がおきることはない、でも小技が効いたくすぐりについ足がよろめき、よろめいたところに第二波、第三波と来て、よろよろしていてふと気がつくと土俵を割っている、というような感じだろうか。


  つげさんというと幻想的な作品を書く孤高の作家というイメージが世間では強いけど、実はつげさんの真骨頂はたぐいまれなユーモア感覚にあると思う。そのつげさんのちょっと情けない笑いの世界が実に上手く表現されている映画だと思う。


  監督は「ばかのハコ船」で知られる若手の雄・山下敦弘。主演は長塚圭史山本浩司尾野真千子。ちなみに長塚さん(下の写真のロン毛の方)は長塚京三さんのご子息だそうだ。

  助演の山本浩司という人がもの凄くいい。下の写真の坊主の方ね。山下作品での怪演が評判になっているが、この映画でも大好演だ。情けなくも心優しい地味男(三十路直前。童貞)を実にリアルに演じている。でも角度によっては凄く怖くもうつる。

  あと、石川真希さんの怪演も見ものだ。飛びながら調理する不愛想な主婦の役。繊維のスプレー脱臭材「ファブリーズ」のCMのお母さん役でおなじみだ。真希さんは実はつげさんの熱烈な大ファンで、つげ映画は「無能の人」以外すべて出演している。ちなみに怪優・佐野史郎さんの奥さんだ。

  
  この映画の企画は高野慎三さん。1970年前後につげさんが「ガロ」に数々の作品を書いていた時代のガロの編集者だ。その後は「北冬書房」という出版社をおこし、ひたすら「つげ義春とその時代」にこだわった出版、評論を続けている。つげさんが最も信頼する人だ。

  今回は高野さんに試写会の招待状を送ってもらった。感謝。招待状には「蕃茄さんに合うと思います」と書いてあった。さすがご慧眼。合いました。


  つげさんの原作からは大きく離れているが、その展開する「つげ的」世界は実に面白かった。


  終ったあとはすぐには電車に乗りたくなくて、興奮をさまそうと池尻まで歩いて、高野さんが経営する書店「いかるが」に遊びに行ってしまった。店の閉店後は高野さん、助手のK子さんとお好み焼きを食べながら、映画の話をいろいろうかがってとても面白かった。


  タイトルの「リアリズムの宿」。
  本来は(原作は)、泊まった宿のむせ返るような貧しそうな生活感に戸惑い辟易とする話で、その心が痛むような生活感を「リアリズム」と称したものだ。

  この映画の方の「リアリズム」にはもう一つの意味が含まれるような気がしてならない。
  それは彼らの旅のこと。
  旅の途上の彼らに起きる小さな事件、情けない事件の数々が実にリアルなのだ。いろんなエピソードを見ながら「そうそう、俺にもあった。うんうんあるんだよなぁ」とうなづいてしまうも多いと思う。
  例えば小ずるい旅館の親父にだまされたり、センチメンタルジャーニーのはずがかえって傷を広げてしまったり、人の親切が怖かったり、雑談から言い争いになったり・・・。
 
  凄いリアル。でも本当は僕たちにはこんな旅、できそうでできやしないだろう。夢のまた夢といったところかもしれない。


  ではここで、挨拶句を一句献上
     
    
        リアリズム満つ冬ざれや夢の旅   蕃茄