手を振る老婆 in 伊那

長野県の伊那市に行ってきた。

 「影か柳か勘太郎さんか 伊那は七谷 糸引く煙」でお馴染みの伊那である、って言ってもお若い読者にはわからないかもしれない。

  
  飯田線鈍行列車が「伊那市」駅に着く直前、窓から外を見ていたらちょっとギョッとした。

  線路沿いの家の2階の窓辺に一人のおばあさんが立っていて、こちらに向かって手を振っているのだ。走っている列車の中からではあるが、駅に着く直前で大きく減速していたので、はっきり見えた。

  年齢は70代後半ぐらいだろうか、若い頃はさぞかし美人だったろうと思われるうりざね顔のおばあさんだ。普段着風の着物姿でこちらにむかって、さも懐かしそうな笑顔で手を振っているのだ。まるで童女のように邪心のない笑顔・・・・。

  
  なんだろうと思ったら確認しないと気がすまないのが僕の悪いところだ。駅を降りると大雨の中、ズブ濡れになりながら(まるで台風のような風雨で傘など役に立ちはしない)、さっきおばあさんが手を振っていた家を目指した。

  足で歩いてみると思いのほか距離がある。線路沿いの道をテクテク歩いた。

  線路沿いは独特な雰囲気だ。水路を擁したバー街「とや川通り」というのが凄くいい。紅灯の巷というのがピッタリ来る。昼間だったけど。駅を背にして左側の店はそれぞれ小さな橋で水路を渡って店に入る。

  「とや川通り」の端にその家はあった。というか家ではなくてバーだ。

  その「プラハ(仮)」というバーは、入口こそモルタルでちょっとヨーロッパ風の装いを凝らしているが、側面は古い板張りの木造だ。

  さっきおばあさんが手を振っていた窓は閉まっていた。バーの入口も固く閉ざされていて人の気配はない。

  あれは白昼夢だったのだろうか。いやいや起きてて夢を見るほど惚けちゃいない。
  
  
  腕時計がピピッと鳴った。正午だ。お腹がグウと鳴った。 

  なんだろうと思ったら確認しないと気がすまないのが僕の性分だが、お腹がすくと集中力がなくなるのも僕の悪いところだ。

  あっさりあきらめて、伊那名物「ロウメン」を食べに行った。蒸した中華麺に野菜とマトンのスープをかけたものだ。おいしかったんだろうけど、やっぱりさっきのおばあさんが気になって、よく味がわからなかった。

  
  ↓↓ 風情のある雨の「とや川通り」と、伊那名物「ロウメン」 ↓↓