アレックス・シアラー『チョコレート・アンダーグラウンド』

天才・アレックス・シアラー、最新作の登場だ。『青空のむこう』『13ヵ月と13週と13日と満月の夜』に続く作品で、期待一杯で読んだ。

結論から書くと、その期待が裏切られることはなかった。期待以上に面白かったなぁ。


 ネタバレをしない程度にあらすじを紹介すると・・・・。
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舞台はイギリス。選挙で勝利をおさめた“健全健康党”は、なんと“チョコレート禁止法”を発令した!国じゅうから甘いものが処分されていく…。違反者は矯正施設で洗脳される。そんなおかしな法律に戦いを挑むことにした2人の少年、ハントリーとスマッジャーは、お菓子屋のバビおばさんや甘党の古書店主・ブレイズさんの協力の下、チョコレートを密造し、“地下チョコバー”を始めることにした。目指すは「チョコレート革命」だ!!  でも敵もそんなに甘くない・・・・・。
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 と、ここだけ読むと、荒唐無稽なファンタジーのようにも見えるんだけど、どうしてどうして妙なリアリティがある小説だ。ゲシュタポ特高のような取締捜査官の描写もかなりコワい。

またここまで読むと、SF好きな人はきっとレイ・ブラッドベリの『華氏451度』を思い出すだろうな。同作品は思想統制による焚書(ふんしょ)を描いた近未来小説でレイ・ブラッドベリの代表作の一つだ。昔、トリュフォーが映画化している(「華氏911」ではムーアとモメてるらしいがその話は置いておく)。

  僕も最初に思い出したのは『華氏451度』なんだけど、SFよりも落語が好きなので、ついつい落語の『ぜんざい公社』も思い出してしまった。

簡単に紹介すると・・・・、
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国が「ぜんざい専門の役所」である「ぜんざい公社」を開く事になった。物好きなある男が「ぜんざい」を食べようとして、この公社にやってくるが、お役所のことで数々の手続きを踏まなくてはならない。健康であることを証明するために、医師の診断書をとったり、料理をするのに火を使うので消防署に許可を得たり、出納係で料金を納めて領収書をもらい、保健所でも許可をもらう。やっと食べられると思ったら餅が入っていない。文句を言うと、また、他の窓口で許可をもらえといったようにさんざん、たらい回しされる・・・。
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  もちろん「チョコレート」 ⇒ 「甘いもの」 ⇒ 「ぜんざい」
という単純な連想がほとんどなのではあるのだけど、それだけではない。全体を貫く秀逸なユーモア感覚が落語を連想させたのだと思う。

  これは原作の持ち味もあるだろうが翻訳の金原瑞人さんの功績が大きいだろう。ユーモアを盛り込みながらも品格を失わないところが金原訳の真骨頂だ。

  また、携帯電話やインターネットなどの小道具も登場し、まさしく現代が舞台の作品なのだが、リンドグレーンの「名探偵カッレくん」シリーズ(絶版で手に入らないらしい)のような少年小説黄金時代の風格も感じさせるのもこの作品の魅力だと思う。


  あと、サブキャラが光ってるな。

  筆頭は暗い瞳のチョコレート捜査官。背筋が寒くなるほど迫力がある。リチャード・ウィドマークに演らせたい。

  他にも耄碌した振りが得意な菓子屋のバビおばさんや、『一条大蔵卿』ばりの擬態を見せる甘党の古書店主・ブレイズさんもかなり面白い。時に主人公のハントリーとスマッジャーを食ってしまい、「あれ、ハントリーとスマッジャーって狂言回し?」って思ってしまう瞬間があるほどだ。
 
  けっこうドキドキの連続で、なおかつかなりスカッとする小説だ。児童向きではあるのだけど、前述の『華氏451度』に倣い、「チョコレート」を「思想」とか「自由」とか「夢」とかに置き換えてみると、極めて今日的なテーマの作品だと言うことがよくわかる。大人が読んでも十二分に楽しめる小説だ。


  チョコレート