火の国・熊本の暑い夜  熊本業務日誌 1

banka-an2003-08-21


炎天の熊本に出張。

 一仕事終えた午後8時半過ぎ、僕は市の中心地・通町筋から市電(チンチン電車)に乗って終点の上熊本に向かっていた。日中は摂氏37度まで上がった。夜になっても蒸し暑い。
 上熊本熊本電鉄、通称・熊電に乗り換えて10分の北熊本に、「二仕事」をしに行くのだ。ラーメンよりも馬刺しよりも焼酎よりも「二仕事」を選んだのだ。えらい。

 他の地方都市と同じく、熊本も「熊本駅」周辺には市街の中心はない。「熊本駅」は市内にいくつかあるランドマークの一つにすぎない。

 はじめは込んでいたが、いつしかガラガラになった市電の右隣の席は黒のタンクトップ姿の若い女性だった。たびたび携帯電話が着信し、声を抑えたつもりなんだろうけど、地声が大きいのか、けたたましく話していた。
 聞くとは無しに耳に入ってきたのは「ドウハン(同伴)」「ハヤバン(早番)」「ウワキ(浮気)」「ノルマ」などの言葉。イントネーションからもネイティブ・スピーカーでないことが知れる。おそらく東南アジア出身のホステスさんだろう。
 反対側の窓ガラスに映った姿を見ると(外が暗いからよく映る)、ちょっとベティ・ブープに似た雰囲気のコケティシュな娘さんだ。

 ふいにこちらを向いて、そのベティさんが話し掛けてきた。メントールタバコの匂いがした。

「コノ電車、熊本駅イキマスカ?」
 
 これ、上熊本駅行きだから行きませんよ。

(僕は行く先々で地元の人に間違えられるのがちょっと自慢だったりする。先日も柳川の掘割沿いを歩いていたら、屋形船の観光客のおばちゃんから「ちょっとこっちむいてぇ、柳川のいい男ぉ」と声をかけられた。おばちゃんに間違えられてもちょっぴり嬉しいのに、ましてや今夜はベティさんである。嬉しくなかろうはずがない。地元民ぶって莞爾と微笑み鷹揚に答えた。心の中では?お嬢さん、僕にお任せなさい?と言っていた・・・)

「アラマー! 困チャッタナー。ジャ、上熊本駅カラ熊本駅イケマスカ?」

え、えーと・・・

「アタシ、八代マデ行キタイノデス」

え、えーとえーと・・・・・。
(地元の人に間違えられたと言って地理に通じていないのは言うまでもない)

 返答に四苦八苦していたら、ベティさんの右隣、つまり僕からみてベティさんを挟んで反対側の銀縁のメガネにチューリップハットの一人旅風お姉さんが助け舟を出してくれた。
「時刻表で見て見ましょう」

 こうして僕は?第一線?を退き、ベティさんとチューリップ姉さんでポケット時刻表を見ながらの鳩首凝議が行われた。
(ちょっと恥ずかしく、なおかつ淋しい気分)
 どうやら、市電終着駅の上熊本から駆け足でJRに乗りかえれば、熊本を経て八代にいけるらしい。

 こっちをクルリと振り向き「行ケルンデスッテ」とニッコリしてくれるベティさん。
あ、よかったですね(気を使ってくれてありがとう。でもそのやさしさが残酷なのさ。よけい恥ずかしいじゃんか)

 恥ずかしかった。市電が上熊本についたとたん、僕は急いでいる風を装い、ベティさんにもチューリップ姉さんにも目もくれず出口に急ぎ、運転士さんに「熊電の駅はどこですか」と聞いた。
 運転士さんは、
「JRの先ですよ。でも・・・・・」
 皆まで聞かず駅に向かって後ろを見ずに走った。

 言い忘れたが僕は足が遅い。ほどなくベティさんが僕を追い越していった。

「ドモアリガトウ、スミマセン」

と声をかけてくれた。いえいえなんのお役にも立てなくってごめんなさい。
 JR上熊本の駅舎の中にベティさんが消えた。メントールの香りがベティさんを追いかけていった。


 そして、熊電・上熊本駅である。
 真っ暗である。見れば「午後9時以降の立ち入りは不法侵入とみなします」との高札。時計は9時5分。とうに終電は出ていた。あぁ、運転士さんの「でも・・・」はこれだったのだ。

 で、どうする、自分? ここまで来たのにこのままじゃ無駄足だぜ。

 結局、北熊本までタクシーで行くことにした。

 そして、タクシー代1050円かけていった北熊本での仕事は空振りだった。

 北熊本からあてずっぽうで乗ったバスで市内に戻れたのは10時過ぎだった。気の利いた店はみんな閉まっているかオーダーストップ後だった。
 ラーメンも馬刺しも焼酎もおあずけだった。

 コンビニで弁当を買ってビジネスホテルの部屋で遅い夕食とした。
 

 今日一日よくがんばった自分へのご褒美にデザートにプリンもつけた。