禁煙車? 喫煙車?

僕は煙草を吸わないのだが、出張の時はずっと「喫煙車」を選んでいた。
 静かに仕事のプランを練ったり、静かに読書をしたり、静かに寝たりしたかったからだ。

 平日の新幹線および特急列車の喫煙車両はほぼ100パーセントがサラーリーマン。しかも旅慣れたそれだ。車内はシーンとしている。たいていが一人旅で、たまに二人連れがいてもそれは上司と部下、しゃべっていてもすぐに話題が途切れて静かになる。ときどきキーボードをたたくカシャカシャという音が聞こえるだけで、あとはシーンとしている。

 一方の禁煙車には恐るべきものがある。オバサマのグループだ。どっどっどーどどーと乗り込んできてそのまま座ってくれればまだいい。ガシャ! グルーーっと近くの座席が対面になったらもう最後だ。

 なんであんなにしゃべることがあるのだろう?彼女らのまわりには0.5秒とて沈黙が無い。
 なんでいちいち笑えるんだろう。彼女らのまわりには3.5秒に一回ぐらい爆笑が起きる。
 ああ、集中して資料読めない、活字追えない、眠れない・・・・・。

 そんなわけで僕は煙草は吸わないのに喫煙車両に乗っていた。「サラリーマンは日本の良識と安定の礎(いしずえ)だ」とまで言っていた。

 そんなことを母に言ったら、母は猛然と「女が家事から完全に解放されるのは仲のよいお友達との旅行ぐらいなんだから大目に見なさい!!」と言ってきた。

それはわからないでもないが、迷惑なのは紛れもない事実だ。

そんなこんなを同じく出張族の友達に言ったら、一言、

「聞くんだよ」
えっ? 聞くの?
「そう、聞くんだよ。おばさんたちの話を聞くの。どんなこと話してるかってね。そしたら腹も立たないよ」

 そうかなぁー。でも、まあ試しにやってみよう。


 次の出張は禁煙車両を選んだ。席はたまたまオバサマのグループと背中合わせだった。

 なるほど、会話のテンポの序破急は僕らとだいぶ違うし、はしゃいでいるからけたたましいが、そう変なことは言っていない。やかましいが、その話の内容から、彼女らの一人ひとりが誠実に生きていることがよくわかる。家族への愛情もすごく感じられた。彼女らの趣味の話を聞いてみるのも、今まで知らなかったことを知れて興味深い。名古屋につくころにはすっかりバラの剪定に詳しくなっていたりする。

 慣れというのは恐ろしい。話題が退屈になるとこちらの瞼も重くなる。寝ることができた。

それ以来、出張の時には禁煙車両を選ぶようになった。体調の悪い時はちょっと考えちゃうけど・・・・・・。