兵どもが夢のあと

banka-an2003-09-27


JR中央線が工事のため本日夕刻から明日の午前まで運休になる。例の高架化の工事だ。
 しつこいまでの事前告知が効いてかほとんど混乱はなさそうだ。
 
 高架化の一環なのかどうかはわからないが、国立駅上りホームの駅事務室がいつの間にかなくなっていた。朝の駅は混雑しているし、階段を挟んで最前列の国分寺寄りから乗車するので全く気がつかず、地元のインターネット掲示板「国立フレンズ」で知った。

 この事務室、20数年前の短い期間だが僕の職場だった。

 駅員のアルバイトをしていたのだ。紺の制服・制帽、白手袋にネクタイだけ自前。朝の混雑時の上りホームの整理要員だ。列車が入ってくると指差確認。発車時にはドアに挟まれた人がいないか確認。サッと手を挙げて発車OKのサイン。これが仕事。走り去る列車の車掌さんにピッと敬礼、これは趣味。あとはモクモクと煙を上げるホームの灰皿に水を差して火を消すことも仕事だった。全面禁煙の今日からみると隔世の感がある。

 毎朝駅で見る人間模様も面白かった。

 毎朝見たのが、向かいの下りホームの小太りの男子高校生と、中学時代の同級生らしい別の学校の制服を着た彼より背が高いスマートな女子高生。別にカップルってわけじゃない。彼女はいつも「おはよう!」とさわやかに挨拶して話しかけるが、彼はぶっきらぼうに答えて目をあわさない。そのうち電車が来て彼らは去る。

 ある朝、いつも通りの時間に彼が来たが、彼女はまだ来ていない。いつもはあんなにぶっきらぼうなのに周りをキョロキョロと人待ち顔で見回す。「そんなに気になるならいつももつと愛想よくしろよな」と思っていたら、彼女が来た。とたんにいつもの無愛想な彼に戻った。おやおやと思って見ていたら思いっきりメンチ切り返されてしまった。

 私立校に通う小学生が線路に帽子を落として泣きながら僕のところに来たこともあった。

「おじさん、帽子が落ちちゃった」
 
これが僕が初めて「おじさん」と呼ばれた瞬間だった。

 中学の時の同級生と駅で出会ったりするのも恥ずかしくも晴れがましかった。一言二言交わして別れ際、必要ない敬礼をしたりして悦に入っていた。

「蕃茄は国鉄に就職した」

といううわさが蔓延するのは早かったが、数ヵ月後バイトの契約がおわり普通の学生に戻った僕を見て

「蕃茄は国鉄を早くもクビになった」

という噂はもっと早かった。


 事務室は奥が仮眠室になっていて、2段ベッドが2台か3台あった。小さなガス台があってアルマイトの鍋の中にはいつもうどんがあった。駅事務室の夜食というか朝食というかオヤツというかは常に煮込みうどんだった。事務所の中はいつも鰹ダシの匂いがした。

 事務所がなくなったホームはやけにスッキリしてしまって、線路がまっすぐなものだから遠くまで見渡せて田舎の駅みたいになった。

 事務所のあった場所だけ真新しくアスファルトが敷かれ黒々としている。思いのほか狭い。

 「ここら辺に机があってこの角に流しがあった。ベッドはこの隅だっけ」

と考えてみたが、細部はどうしても思い出せない。