嵐山光三郎著『日本全国ローカル線おいしい旅』

旅先では粋な紀行文が気分的にしっくり来ることは以前も書いた通りだ。
で、今回の関西巡業の友がこの本だ。

内容は、嵐山さんがローカル線や寝台列車を駆使して全国をまわり、美味しいものを食べ歩くというもの。と聞くとよくある本のようにも思える。

でも、この著者は一年の三分の二を旅に暮らす旅の達人である。凡百の旅本、グルメ本とは訳が違う。

まず、旅というもののワクワク感とともに通奏低音としてある一種の寂寞感がとても心地よく表現されている。「そう!そう!」と膝を打つ事もしばしば。曰く・・・、

「車窓は物語の入口で、勝手に物語を夢想して脳裏に印画する。貧しい家の軒下で風にゆれている洗濯物一枚にも、人知れぬ物語があるのだ。ふっと眠りこんでしまう一瞬は、夢想と現実との虚実皮膜の一枚の中にある。」(本書より)

また、味の表現も独特だ。舞鶴で肉じゃがを食べれば、

「目をつぶって食べると、ひたすら切ない舌ざわりである。口の中にみぞれまじりの夕暮れがひろがり、やるせない船酔いの余韻さえ漂って、引き揚げ船の無念が浮かんでは消えていくのだ。」(本書より)

という塩梅。なんか凄く雰囲気がわかる。


僕は嵐山式旅の極意を一度だけ間近で見た事がある。

昨年の初夏、嵐山組合計8人で山形の上ノ山温泉に行くツアーの末席に加えていただいたのだ。もう皆さん遊び上手で博学で、探求心も旺盛。たったの1泊2日で「サライ」を5年間定期購読したほどの効能があった、ような気がする。

前著『日本一周ローカル線温泉旅』と併せ、すべての旅を愛する人必読の本だと言えるだろう。


嵐山光三郎著『日本全国ローカル線おいしい旅』
(講談社現代新書・価格 735円)