達人と行く夜の銀座散歩

東銀座の吉水に鶴澤寛也師匠のリサイタル「はなやぐらの会」を聴きに行った所まで書いた。

地下のホールから玄関に向かいながら金原瑞人さんが、

「で蕃茄さん、これからどこに行く?」

と聞く。ご存知、超売れっ子翻訳家だ。今年の春は「芥川賞作家・金原ひとみの父」としてもずいぶんマスコミにも登場した。「あいかわらず(取材が)お忙しいでしょう」と聞くと、「いやぁ?人のうわさも七十五日?とはよく言ったものでずいぶん静かになりましたよ」と笑っておられた。


  それはともかく、そう、今夜は金原さんと、エッセイスト・坂崎重盛さんの初顔合わせ。終演後、軽く一緒に飲みに行くことにしていたのだ。

  坂崎重盛さんはエッセイスト。散歩ブームの火付け人である。現在、朝日新聞(東京では水曜日夕刊)に連載している「TOKYO・老舗・古町・散歩」が大好評でひっぱりだこの、当代きっての粋人だ。


そうだ、「これからどこに行く」は東京散歩の専門家・坂崎さんに決めていただこう。


  「吉水」の玄関先で、お二人を紹介して結団式(?)。おっと忘れちゃいけない、金原さんのお友達のH田さん母娘もご一緒だ。しっとりとした中に可憐なディティールが光る着物姿のお母さんと、渋めの色だが華やかなデザインのワンピースの娘さん。相当な美人母娘だ。

  坂崎さんに先導していただき連れて行ってもらったのは歌舞伎座裏、木挽町通りの居酒屋「中ぜん」。「TOKYO・老舗・古町・散歩」でも坂崎さん自身が紹介していて、文中にあるとおり「昔ながらのまっとうな居酒屋の雰囲気」だ。老夫婦(多分)二人だけでやっている。酒も肴もおいしい。築地が近いからいい刺身も入っている。

  途中から寛也師匠も駆けつけてくれた。

  プロの実演者の寛也師匠、江戸文化全般に通暁した坂崎さん、歌舞伎通で長唄の心得のある金原さん、地唄舞の心得のあるH田お母さん、大学で伝統芸能を専攻するH田娘さん・・・。素人の僕はともかくこのメンバーである。かなりディープな古典芸能談義がかわされた。

  寛也師匠は翌日も舞台があるので10時過ぎに「中ぜん」は切り上げ、H田さん母娘は歌舞伎座の前の地下鉄へ行く階段を下りていかれた。


  じゃ、僕は有楽町まで歩きで出て帰ろうかな・・・、

なんて思っていたら、

「じゃ、もう一軒。いい店があるんです」

と坂崎さん。

「3分だけ歩きます」

と10分歩いて連れて行ってもらったのは、銀座6丁目の「BAR SHERRY CLUB」。

  日本でも珍しいシェリー酒専門のバーだ。

  星の数ほどあるシェリー酒の中から、坂崎さんと金原さんは流石で自分のお好みのお酒をオーダーしたが、僕はもちろん寛也師匠もシェリー酒など飲んだことがない。

  どうしようかなぁと途方にくれていたら店長さんが、

「では普段お飲みになっているお好きなお酒を教えてください」

  寛也師匠が香りの少ない辛口の日本酒と答え、僕がバーボンか泡盛と答えると、それぞれの好みにあったシェリー酒を供してくれた。

  この店長さん、日本のシェリー酒業界ではかなり有名な人で、PHPから『シェリー酒 知られざるスペイン・ワイン』(998円)という本も出しているエキスパートだった(本は坂崎さんがプレゼントしてくれた)。

  生ハムやシェリー酒を振りかけたアイスクリームをいただきながら、それぞれのベスト・チョイスを堪能した。坂崎さんと金原さんもすっかり意気投合した感じで、ずいぶんと話も盛り上がった。

  
  その道の先達と歩くと無駄なく楽しめるなあ。短い時間だったけど、充実した銀座散歩だった。