松田哲夫著『編集狂時代』(新潮文庫)  

 一人の天才編集者の半生記である。

編集狂時代

  「王様のブランチ」をごぞんじだろうか。「欲望という名の電車の親玉」じゃない。土曜の朝、じゃないな、昼、でもないな・・・。つまりまさしくブランチ、朝昼兼帯の食事時間ぐらいに放送している人気の情報ワイド番組だ。それに登場する髭に黒メガネの怪しい書評家テッチャンこそがこの本の著者・松田哲夫さんなのだ。

  松田さんの編集者人生はまさしく数奇。超・数寄者だ。世代としては団塊まん真ん中ストライクゾーン。印刷物マニアのオタク少年からスタート、学生運動に挫折し、ガロ編集部に深く出入りするうちにアルバイトで筑摩書房に入社、大学を中退。以来、井上ひさし吉里吉里人』、ちくま文庫ちくま文学の森浅田彰『逃走論』、赤瀬川原平老人力』などをヒットさせてきた。

  そしてその間に野坂昭如氏の選挙参謀をやり、「路上観察学会」の設立に参加し、雑誌「本とコンピュータ」の発刊に参加。果ては銀座で個展を開き、電子出版「パブリッシング・リング」の社長に就任。そして本業は筑摩書房の専務である。文字通り、波瀾の編集者人生を意外なほど朴訥な口調で綴っている。ぜんぜん胡散臭くない。

  とにかく自分が好きなことをなんでも仕事にしちゃうのだ。面白いことを人に伝えたいという、そのお節介でおっちょこちょいでお人よしな衝動で思いもよらぬ大冒険をしてしまう。この面白さは編集だけでなく、人間のすべての営みに共通するものなんじゃないかな。だからこそ門外漢にもとても面白く読める本になっているのだと思う。

  この本には親本がある。10年前に本の雑誌社から出ている。その本も面白くて何回か読んだ。そして今回の新潮文庫はその親本に大幅に加筆されている。結果、さらに面白くなっている。なんていうんだろう、実用的になったと言うのかな。「発想のヒント」みたいなものを意識的に盛り込んでくれているように思えるのだ。

  だからこそ読み終わった後、「面白かったーー」だけでなく「なんか得したーー」と言うような気がするのだと思う。


  あと、南伸坊さんの友情あふれる「解説」がものすごく良い。


松田哲夫著『編集狂時代』(新潮文庫・700円)