長嶋康郎『古道具ニコニコ堂です』(河出書房新社)

我が家の近所の古道具屋さんの著書である。

 市境を越えるので国分寺市だが、最寄の駅は国立になる。小平方面に車で行くとき、いつも前を通っているお店だ。開店して26年というから前を通った回数は数え切れない。

 でも一度も店に入ったことは無い。いつも「ヘンな感じの店だなあ」と思いながら前を通っていた。不幸にして僕はモノの所有に関する感受性が著しく低く、骨董屋さんのお客にはなりにくいのだ。

 でもこの本を読んで激しく後悔した。あのお店がこんなに面白いお店だったとは・・・・。今さら宗旨替えはしにくいけど行っておけばよかったなと思った(見栄っ張りだから、本が出た以上もう行けない)。

 「ニコニコ堂」(この店名も人を食ってるネ)の店主である長嶋さんが、不定期でお客に配っていた手書きの新聞「ニコニコ通信」が元になってこの本は生まれたという。お世辞にもうまいとは言いにくい字で書かれたとぼけた独白に、これまたあまりうまくない絵が花を添えている。

  お客さんとのやりとりが実に面白い。ヘンな店にはヘンなお客がやってきてヘンな事件を起こす。それらのエピソードがみな可笑しくて、ちょっと悲しくて、やっばり可笑しい。指揮棒を買う小学生、プラモデルを切り売りする謎の男、バンジョーを買う女将さん・・・。それら謎のキャラクターに翻弄される長嶋さん。まるで謎を解かない怠惰な名探偵のようにそれらの謎を読者にそのまま放り投げる。読者の胸には「ほのぼの」と「もやもや」が半分ずつ残る・・・・。

  なんとも不思議な味わいの本だ。

  ところでこの長嶋さん、一昨日の日記で紹介した『パラレル』の著者・長嶋有さんの父上だ。なるほど有さんのデビュー作「サイドカーに犬」の主人公の父は康郎さんそっくりだ(この作品は国立人にはたまらない小説だ。夜中に大学通りサイドカーで南下して「モモエちゃんの家」を見に行くシーンなんざ甘酸っぱくて涙が出てくる)。

  それからこの『古道具ニコニコ堂です』にたびたび登場する「向かいのお肉屋さん」のおばさんは僕の命の恩人なのだ。まぁ、この話はまたいずれ。

長嶋康郎『古道具ニコニコ堂です』(河出書房新社・1600円)

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