嗚呼、大垂水峠  甲州街道徒歩(かち)紀行〈4〉

・・・・・8月14日(木)初日の4・・・・・

遣らずの雨とはよく言ったものである。とんだ足止めを食った。予定では5時過ぎには旅館に着くはずだったのにもう4時になってしまった。山の上で雷雨に遭うとは災難としかいいようがない。

これからこの旅の最大の難所・「大垂水峠(おおたるみとうげ)」である。かつてオートバイ小僧の頃、数え切れないほど来た。

まずは飲み物のチェック。ここからは人里を離れる。お店はおろか自販機も峠を越えた先の集落「千木良」までない。僕のペットボトルは満タン。さっき高尾山で一本買った。三吉も大丈夫だという。

いざ、GO WEST!

道には雨風の跡がある。峠以東で最後の家であろう平屋の前で、初老の夫婦が道の掃き掃除をしながら西の空を見上げて「もう一遍、来そうだな」などと話し合っている。会釈をして通りすぎるとステテコ姿で森喜朗似のご主人が、

「おいおい、これからどこにいくの?」聞いてきた。

峠越えです。

「宿は決まってるの?」

相模湖畔の旅館を予約してるんです。

「ああ、それならよかった」

今度は、アッパッパ姿で扇千景似の奥さんが、

「歩き? 結構あるわよ」と。

大丈夫です。国立からここまで歩いてきましたから。

奥さんは「まぁ!!」と驚くと、三吉に、

「ボク、がんばってね」

はい。と小さく答える三吉であった。


しばらく歩いていくと三吉が「喉が渇いた」と言い出した。さっき大丈夫だって言ったじゃないか。西日が暑く、飲みきってしまったらしい。

困った。四方見渡しても山しかない。お店はおろか自販機もない。うーん困った・・・、と思ったら前方にお墓が見えてきた。そこそこの規模の共同墓地。霊園には必ず自販機があるはず。果たして駐車場のすみに自販機があってペットボトルのお茶が買えた。

長い上り坂が続く。峠だから当たり前だ。三吉が遅れがちになる。「あとどのくらいで峠を越える?」と何度も何度も聞いてくる。

さっきは山上での雷雨をうらんだけど、よく考えたら山上で幸運だったかもしれない。山上の屋根のあるところで。もしこの峠越えの途中で雨にあったらもっとえらいことになったと思う。雷雨の中、無事に峠を越えられたかどうか・・・。

などと余計なことを考えると降って来るから雨ってやつは不思議だ。幸い合羽を着るほどの雨ではないので折りたたみ傘を差して進む。

雨はほどなくあがったが、日は大きく傾いてきた。日暮れが近づいている。遅れがちな三吉を、

「日のあるうちに峠を越えないと大変だぞ」と脅かしたり

「さすが三吉はソフト部に入っているから根性があるなぁ」とおだてたりしながら歩き続けること約一時間半。ようやく大垂水峠に来た。ここから神奈川県。ようやく県境を越えた。

「やったー、峠越えだー」

と喜ぶ三吉。でもオートバイで数え切れないほど来ている僕は知っている。


    この道は、ここからが長いのだ。


☆☆自宅からここまでの歩行距離、約29キロメートル☆☆