越南点描① ミツバチの飛行

ベトナムに着いて、まず圧倒されるのがオートバイだ。その数たるやもの凄い。自動車はまだあまり普及しておらず、町の交通の主役はオートバイで80〜100ccクラスの軽量級が道を埋め尽くしている。


日中も多いがそれが極まるのは夕方から。一日の仕事を終えた市民たちがドッと街に繰り出すからだと言われている。



特にホーチミンなどの南部の都市は常夏で一年中暑いのだがまだエアコンは普及していない。そこで夕涼みをかねての走行なのだと言う。だからどこかに行くと言う目的があるわけでもなく、ただ走っている。いってみれば「散歩」「逍遥」の正しい姿ではある。



2人乗りは当たり前で4人乗りも珍しくない。お父ちゃんが運転して子ども二人を挟んでお母ちゃんが最後尾。これだけ密着していれば家族の一体感も醸成され「断絶」など無縁だろう。



とにかく凄い数で、信号が青になったとたん(信号を守る人も多い)、いっせいに数十数百のバイクが一斉に走り出す様は壮観の一言。「感動的」を超え「官能的」ですらある。



その排気音はハチの群れの羽音を思わせる。リムスキー・コルサコフの「熊蜂の飛行」を思い出していただければありがたい




いや小型バイクばかりなので排気音も高めで「熊蜂」というより「ミツバチ」の方が近いかもしれない。そのミツバチの群れがロータリーをグルグルとまわる。意味なくグルグルまわるミツバチも多くある。乱視気味の僕には無数のヘッドライトたちが溶け合って、路上に広がる巨大な薄黄色い輪に見える。まるでハチミツのよう。


インドのちびくろサンボの村では木の周りを回ったトラがバターになったが、ここホーチミンではロータリーを回ったバイクがハチミツと化す。



夜のホーチミンがどこか甘い香りに包まれるのは、公園のベンチのカップルたちの囁きのせいだけではなさそうである。

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「ちびくろ・さんぼ」ヘレン・バンナーマン/文 フランク・ドビアス/絵 光吉夏弥/訳  H・バンナーマン文/F・ドビアス絵『ちびくろ・さんぼ』(瑞雲舎・1,050円)