とは言えベトナムには仕事で行ったのである。下駄の買い付けに行ったのでもなければ木魚の買い付けに行ったのではない。ましてやトイレのドアを観察しに行ったのではない。あくまで仕事、なのである。
そこでだ、ベトナムの書店についてリポートしよう。ただし、あくまで管見。ここで見たこと聞いたことを他所に行って話さないこと。恥をかくのはあなたです。
書店をリポートする前に本を取り巻くベトナムの状況を説明しておこう。
識字率は比較的高い。約95パーセント。言語はベトナム語で文字はアルファベットを使用した「クォック・グー」。かつては中華文化圏だから漢字を使っていた。だから名前なんかも実は漢字表記できる。ホーチミンは胡志明だし。
実は20世紀に入ってからフランス人宣教師が布教のために作ったのが今の文字。ベトナム語の発音をアルファベットであらわした表音文字だ。それが妙に出来がよく、発音が複雑なベトナム語をうまく表現できてたものだからよく普及して、識字率が高まるとともに、漢字は完全に放逐されてしまった。まさに「クォック・グー」。そう「クォック・グー」とは「国語」のことなのである。
そんなわけで識字率は高い。だから街中には大きな書店が結構ある。ただ共産党一党独裁なので言論の自由があるとは言いがたく、出版物の多様性は感じられなかった。
では僕が行ったベトナムの書店をご紹介しよう。(行った順に)
●フエ「サイゴン生協フエ店書籍売場」。二階建ての大きな総合スーパーの一階にある。約200坪。半分が書籍で四分の一が教材及び知育玩具。残りがCD。児童書や語学書が充実。入口に手荷物を入れるカゴがある。
●ホーチミン「ファハサ グエンフェ書店」。4フロアの大書店。路面店。全体で350坪ほどか。一階は広いが上に行くにしたがって狭くなる。入口に警備員が立っていて、カバンを持った客は預けさせられる。店員がアオザイを着ている。民芸品や仏像も売っていた。児童書が充実。最上階は工作教室。子供づれの客が多かった。
●ホーチミン「スァントゥ洋書店」。1フロア150坪ほどの路面店。外国の本専門店だがそこそこにぎわっていた。
●ホーチミン「百盛百貨店書籍売場」。高級デパートの中の書籍売場、20坪ほど。ほとんど児童書。お客はあまりいなかった。
共通していえるのは、先にあげた理由により、出版が百花繚乱と言うわけには行かないので、アイテム数はそれほど多くなく、大型書店では「面陳列」が多かった。
児童書には力を入れているようだった。教育熱心である。なにしろ中華文化圏。度重なる政変、戦乱に翻弄され「子どもの頭に入れたものだけは盗まれない」という根本思想も共通である。そしてなにしろ中華文化圏。日本でも定着しなかった科挙が20世紀初頭まで残ってきたお国柄である。
年末が近いせいもあり、どの店もカレンダーを置いていた。驚いたのはその図柄。縁起いい中華デザインのカレンダーが主流なのだ。やはり中華文化圏なのだなぁと改めて思った。
どの書店でもレジ近くに高く積まれていたのが「オバマ自伝」。
残念ながら「とてつもない日本」はなかった。
それとキューバのカストロの本。日本でカストロといえばヒール(あるいはトリックスター)で、使われる写真も怖い顔で怒っている写真ばかりだが、ここベトナムは共産圏でありキューバはお仲間だ。だから表紙もにこやかに溌剌と笑うカストロ。つまり店頭にオバマの笑顔とカストロの笑顔が並ぶのである。
これを「奇観」と言わずして何を奇観と呼びませうか。
以上、ベトナムの書店リポートであります。