三日天下の漢字王

道に迷う話の続きを書きたいのだけど、それは後日・・・。


一昨昨日の日記に難読漢字の話題を書いたら、BBS「蕃茄山房」に、紙魚子さん、☆紗さん、ガッタ・イタリアーナさんのお三人が難読漢字についてのコメントを寄せてくださった。皆さん、漢字が好きだよなぁ。

かくいう僕も下手の横好きで漢字は好き。でも読みがダメな上に書くほうがからっきし。特に筆順が全然だ。

でも、こんな僕でも「漢字王」と呼ばれたことがあったのだ。過去の栄光? いいじゃないですか。

たしか小4のときだった。

担任の先生が入院して代わりに教頭先生が授業をしてくれたことがあった(今は“副校長”だっけ? 野暮だねぇ)。

国語の時間、先に進める気の無い教頭先生はまる1時間、漢字の面白話をしてくれた。そのなかで、昔の漢字を黒板に書いてその読みを子どもたちが当てる、というゲームが行われた。

そのとき、教頭先生が板書する旧漢字を次々に読み当てる子どもがいた。僕である。あまりに次々とあてるので教頭先生が驚いて「君はなんていう名前だ?」と聞かれたほど。

たちまち「漢字王」である。ふだん勉強ではまったくパッとしない僕が「漢字王」。いつも秀才面している秀才たち(秀才と言うものは、えてして秀才面をしている。あ、当たり前か)の悔しがること悔しがること。


読めた理由はというと「祖母」と「祖母」と「酒」だった。

まずは母方の祖母から箱ごとほぼ全巻もらった「円本」(南方で戦死した祖父の形見)を背伸びして読む中で覚えた。「円本」である。「円天」ではない。「円本」を知らない人は、こちらをご参照ください。僕のは改造社版。ちょっと自慢。

もうひとつの「祖母」は父方の祖母。祖母はおそらくほとんど学校には行っていないと思うのだけど(明治生まれの庶民には珍しいことではない)、字を読むのは好きな人だった。僕が茶の間で漢字の書き取りなんぞしていると覗き込んできて、「へぇー、今はそんな字なのかい?」などと言って来た。

その一例が、「蕃茄山房」でまさしく紙魚子さんが書いておられた「恋」の字。「昔はこうやって書いたもんだ」と「戀」の字を書いてくれた。

「えー?ヘンな字ー。覚えにくーい!!」などと言うと、待ってましたとばかりに、

「これはね、“愛し愛しという心”と覚えるんだ」

と教えてくれた。つまり「糸」し「糸」しと「言」う「心」で「戀」である。僕が「へえー」と感心すると、得意げに「ばーちゃんは何でも知ってるんだ」と鼻をピクピクさせた。

そして最後の「酒」は酒のふた。「酒ぶた」。「酒ぶた」の話をするとまた長くなるのでやめとく。またいずれ。つまり日本酒のパッケージデザインは古い漢字の宝庫なので覚えたのだ。


そんなわけで、教頭先生の特別授業で古い漢字を言い当てて大いに褒められ、クラスで「漢字王」の名を欲しいままにしたのだったが・・・。その天下は長くは続かなかったね。

担任の先生が復帰されて、国語の授業が「正常化」されたのだ。もう僕の出番はない。「漢字王」の名はあっさり返上。古い漢字だけを知っている「漢字翁」に成り果てたのだった。