続きは今日の朝刊で。『劇画漂流』

で、続きは今日の朝刊である。

朝日新聞朝刊に「手塚治虫文化賞」の関連記事が載っている。

昨日もご紹介した辰巳ヨシヒロさんの「劇画漂流」(青林工藝舎)が、よしながふみ「大奥」(白泉社)とともに大賞を受賞されたのだ。おめでとうございます。


劇画漂流 上  劇画漂流 下


昨日のパーティーの時点では一応、クローズの情報なんだけど、そこはそれ、皆さんの「辰巳さんおめでとう!!」の声が大きかった。


もちろん僕もすでに読んでいるけど、これ、本当におもしろい本だ。


マンガに魅入られて、劇画を作ってきた男たちの青春グラフィティコミックだ。

物語は昭和20年8月。敗戦の玉音放送から始まる。混乱する大人の中で妙に超然としている10歳の主人公・勝見ヒロシ(もちろん作者・辰巳ヨシヒロの分身、というかそのものである)。

その数年後、敗戦の混沌も残る大阪でマンガ、とりわけ手塚作品に夢中な中学生となったヒロシと兄のオキちゃん(辰巳さんの兄、故・桜井昌一さんがモデル)を中心に、物語は展開する。

少年雑誌に投稿して賞金稼ぎをする中での神・手塚との「僥倖」とも言える出会いや、仲間たちとの交流や切磋琢磨がいきいきとスピーディーに描かれている。

特に、若手の漫画家となって以降の大阪での貸本マンガ業界の離合集散や、上京してからの「劇画工房」の結成、解体なども詳細に描かれて興味深い。さいとう・たかを、山森ススム、佐藤まさあきなど当時の仲間たちも実名で登場する。好敵手のさいとうさんも、その愛すべきリアリストぶりがたっぷりの愛情を持って描いている。余談だが、昨日のパーティーにもさいとうさんは多忙のため出席こそかなわなかったが、すばらしい生花を贈ってくださったし、欠席の連絡も直接電話で幹事に下さった。そしてそのお花はパーティー終了後は辰巳さんのご希望で辰巳さん宅に転送した。

マンガ少年たちのビルドゥングス・ロマンというと藤子A不二雄の『まんが道』に代表される「トキワ荘もの」を思い出す人が多いと思う。でも、ちょっと垢抜けて文学青年っぽいトキワ荘に比べるとこちらは、ずっと泥臭い。構成メンバーが大阪人というのもその理由の一つかもしれない。いつまでも少年っぽいトキワ荘に対して劇画工房系は10代の頃からやけにオッサン臭い。どちらも魅力的だけど、僕は劇画工房のほうが親しみが持てる。

それら若きマンガ家たちのドラマとともに描かれるのが、敗戦からの復興から60年安保までの日本の戦後史。ヨシオの成長、時には停滞が妙にシンクロしている。このへんの構成が巧い。

実はこのマンガ、僕にとって「幻のマンガ」だ。10年以上にわたって長期連載されていたいたものをまとめた本で、連載中に断片的に読んで大好きだったのだ。大好きだったのになぜ断片的かというと、連載媒体が「まんだらけ」の冊子だったからだ。

マンガの稀覯本のカラーカタログである冊子なので、どこの本屋さんにおいてあるわけじゃない。読み続けることが困難で、断片的になっていたのだ。それが年末に上下巻の単行本にまとめられたのだ。

連載開始時、まんだらけ編集部にいた浅川満寛さんがその後移った青林工藝舎で自ら編集した執念の書だ。

このたび目出度く「手塚治虫文化賞」を受賞した本作品だが、この秋にはカナダ、スペインでの発刊が決まっている。具眼の士はむしろ海外に多い。国内ではこれまであまり賞に縁のなかった辰巳さんだが、国際的なコミック・フェスティバル等にノミネートされることは多数で、近年では2005年にはフランスのアンゴレーム国際コミックフェスティバル、2006年にはアメリカのサンディェゴ・コミック・コンベンションで受賞をしている。

この手塚賞の受賞は、「ようやく日本人が辰巳さんの世界のすばらしさに気づいた」結果とも言えるだろう。せっかく気づいたのだから、これからもお体に気をつけて、もっともっと作品を描いていって欲しいと思う。