書評のメルマガ、連載復帰第一号

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書評のメルマガ」連載復帰第一号 (2011年2月23日配信)


(第62回) 特別編 人生に大切なことはみんな馬場さんが教えてくれた。


久々の推参。ずいぶんと長く休載してしまった。「なにしてた?生きてたのか?」と言われてしまうかもしれない。


面目ない。死にかけていたのだ。


脳梗塞


まだ猛暑を引きずっていた9月某日、熱中症と思われる症状で帰宅途中のJR国分寺駅で昏倒。救急搬送されたらまさかの脳梗塞。日本人の死因第3位の病である。もちろんそのまま緊急入院となり4ヵ月半、先週(1月末日)やっと退院した。


入院中はPC環境が無いので当連載は休ませていただいた。それでもぼんやり意識が戻った10日後からはブログは携帯電話で更新。ただかなり意識は混濁したままなので誤字脱字は多いし意味不明の記述もある。しかも「梗塞日記〜日本一役に立たない闘病ブログ〜」と銘打つ趣味の悪さ。http://d.hatena.ne.jp/banka-an/20100923



症状は主に運動障害。幸いにも認知、および言語には障害が出なかった。運動については、当初のほぼ寝たきりの状態から、4ヶ月超のブート・キャンプなリハビリによって、車椅子生活となりさらに杖歩行となり、先週の退院日を迎えた。



 このリハビリが非常にハードなものであるのは林家三平(初代)の伝記などで十分に知っているつもりだったが、自分で経験してみると想像通り、いや想像以上のものだった。威厳ある立派な紳士が男泣きするのに出くわしたのも一再ならずだ。ただ僕自身に関して言うと、弱音を吐いたり後ろ向きになったりするシーンが少なく、つねにポジティブ(前向き)でアグレッシブ(攻撃的)な姿勢をキープできたと思っている。


それは・・・・。すみません、病気の話ばかりで。「書評のメルマガ」でしたね。そろそろ本の話に入ります。



 なぜ「つねにポジティブかつアグレッシブな姿勢がキープできたか」であるが、それはやはり「本のおかげ」と言ってしまっていいと思う。



そこで復帰第一回目の今回は、闘病生活、リハビリ生活を支えてくれた本について書かせていたただこう。



すみません、新刊の話はありません。退院後も細々な手続き仕事がめまぐるしく(保険とかさ)、なじみの国立・増田書店にも行けていないのだ。いや、突然ぷっつりと4ヶ月以上音信不通になった上に、気分転換にひげを伸ばして髪を金髪に染めているので店長に合わす顔が無い、というだけであるが。


 で、「闘病生活、リハビリ生活を支えてくれた本」。いきなり「番外」なのだが友人が差し入れてくれた『がきデカ』。小学館クリエイティブから全3巻でベスト版が出ている。予想以上の重篤な症状に落ち込み気味な日々ではあったが、これを読んだら


「あふりか象が好きっ!!」


と叫べば世の中の悩みのおそらく8割くらいは雲散霧消することを思い出した。そうだ失恋も受験の失敗も「あふりか象が好きっ!!」と叫ぶことで乗り越えてきたじゃないか。



 『がきデカ』と言えば忘れてはいけないのが西城君だが、脳梗塞の闘病記として忘れてはいけない定番が、西城秀樹著『あきらめない 脳梗塞からの挑戦』(リベロ)。これも友人に(リクエストして)差し入れてもらった。ただ脳梗塞といっても症状は十人十色で西城氏と僕とでは、発症した年齢こそ近いが症状はかなり違う。


ただその前向きな姿勢は尊敬できたし、同時代を生きたスターの半生、昭和後期の歌謡史は非常な興味深く、楽しく読まさせていただいた。生きて帰ったら忘年会ではぜひ「ギャラン・ドゥ」を歌おうと思った。


 そして、闘病生活、リハビリ生活を最も強く支えてくれた本。それは入院中読んだ本でもなければ最近読んだ本ばかりでもない。幼少年期に読んだ本、すなわち人格形成期に読んだ本たちが過酷なリハビリの日々を支えてくれた。


 曰く、『巨人の星』、『空手バカ一代』、『ジャイアント台風』。そう梶原一騎作品の数々である。少年時代、台詞を暗記するほど読み込んだ。


「死にものぐるい」という言葉を覚えたのは『ジャイアント台風』によってである。修行時代、重いバーベルを揚げられずにいた馬場に対し、師匠の力道山は手錠で馬場とバーベルを繋ぎトレーニング室に凶暴なスズメバチを放った。逃れるにはバーベルを持ち上げてトレーニングルームの外にエスケープするしかない。その時、馬場さんが発した言葉が「死にものぐるい」である。



 また先ほど僕が入院中、金髪にして髭を伸ばしたことを書いたが、もちろんこれは清澄山に山籠りした大山倍達が俗世間への未練を断ち切るために片眉を剃り落とした故事に倣ったものである。


 『巨人の星』、『空手バカ一代』は講談社漫画文庫に収載されている。『ジャイアント台風』は入手に努力を要するだろう。とはいえ、簡単にあきらめず、ぜひ「死にものぐるい」で探して欲しい。なお、今話題の『あしたのジョー』は理屈っぽくてというか僕には難しすぎてあまり好きではなかった。

 
あと、梶原作品となると忘れてはならないのが、最近では篤志家として知られる『タイガーマスク』である。


「虎だ。お前は虎になるのだ」


 そう、僕は「リハビリの虎」を僕は標榜していたのだ、わき目も振らずに。


そうしたらいつしか「タイガーマスク」の虎ではなく、『山月記』(中島敦・各社より刊行)の虎に近づいてきた。目標を希求するあまりに人食い虎になってしまった李徴のように、だんだん狷介(けんかい)な性格になってきたのだ。


幸い僕の場合は、手遅れになる前にに『がきデカ』や西城秀樹を持って会いに来てくれる友達があったので人食い虎にならずにすんだ。今は借りてきた猫同様ですよ。


 とにもかくにもそれらの本の効能、特に人格形成期に読みふけった梶原一騎の効果で努力を重ね、リハビリ関係者も驚く回復ぶりとなった。入院中から企画立案に参加し、退院直後には「岡崎武志の 拓郎ナイト」を成功させた。


http://d.hatena.ne.jp/banka-an/20110212


 先に書いたように僕の場合、リハビリは主に運動障害に関して行った。言語に関しては、入院中は「自主トレ」をしていた。旧知の俳人・土肥あき子さんの勧めで「一日一句」の闘病句を詠んだのをきっかけに、「闘病短歌」「闘病都々逸」をものにした。それらのうち退院の感慨を詠んだ近作をご披露して、「書評のメルマガ」復帰第一回の結びとさせていただこう。


<闘病俳句。退院の朝に詠めり>
 検温の ナース見上げて 春を待つ


<闘病短歌。「退院はゴールではない。スタートだ」との言説に応えて> 
 退院は ゴールならずと 誰(た)が言うた やりとげし後の 冬の朝焼け


<闘病都々逸。金髪・ひげの言い訳>
 意地の黒髪 情(なさけ)の茶髪 髭と逢瀬は のびるもの