夜の静寂(しじま)に響く声

今晩、勤めの帰り、神楽坂の裏道を歩いていたら「カチ!カチ!」と拍子木の音。

続いて、

「火の用〜心」

の声。

 まあ普通、夜中に「カチ!カチ!」と拍子木の音がしたら火の用心である。紙芝居であるはずはない。よい子はネンネの時間だ。

 でも、「夜の紙芝居」ってのも悪くないよね。もちろん大人向け。夜、歩いていると、どこからともなく自転車に載った黒い紙芝居屋がやってきて、紙芝居をするの。飴の代わりに冬は熱燗、夏はグラスワインを売る。熱燗を買えないおじさんは遠慮して遠くから見てね。タイトルは「高コレステロールは怖くない」とか「賢い年金運用術 〜50歳からのマネープラン〜」とか。あと泣ける話もいいな。「誰にも言えなかった母の思い出」とかね。結構流行るんじゃないかな。誰が新橋のSL前あたりでやってみない?

  
 いや、そんなヨタ話をしたかったんじゃない。閑話休題閑話休題。「カチ!カチ!」の拍子木に続いて「火の用心」の声がしたところまでお話ししたんだった。


 「なかなかいい声だナ」と振り返ると、はるか遠くに提灯の火影が見えた。

 「あんな遠くだったのか」

 火影は遠くなのに声はよく聞こえた。立ち止まって待っていたらどんどん近づいてくる。二人連れの男が夜回りをしていたのだ。

 二人で交互に声を出しているのだけど、若い方の声はとおりが悪い。かなり近づくまで二人連れとはわからなかったほど。

 年配の方がいい声なのだ。「ひのぉーーよぉーーじーーン」とかなり高い、よく通る美声。いわゆる「稽古っ張り」した声だ。

 町内会か商店会の輪番の夜回りだと思うのだけど、さすが神楽坂、土地柄である。新内か長唄あたりの心得のある商店の旦那といったところだろう。

 
しばらく立ち止まって、今度は遠ざかっていく「火の用心」を楽しませてもらった。


(昔はわが街・国立もよかったなぁ。音大があったからね。夜、寝床に入っていると家の前の道を、朗々としたドイツ歌曲がだんだんと近づいてまた遠ざかっていくなんてことが日常だったのだ。今は自動車の音しか聞こえないね)