甲州旅日記最終話 蕃茄家の法則=桃と福の神、そして老婆殺し

【3日目 その②】
3日目はもう帰るだけ。でもその前に桃屋に行こう。「ごはんですよ」を買い占める・・・、わけではなくて、山梨名産の桃を買って帰ろうというわけ。一度、飽きるほど桃を食べてみたかったのだ。

インターチェンジまでに桃屋さんがあったら入ろうね、なんて言っていたんだけどなかなかない。

ようやっと見つけた桃屋さん。でも、やけに静か。人の気配がない。

「ごめんくださ〜い」

と声をかけながらガラス戸を開けて店内へ。僕とツレだけ。子どもらは早くも車内で爆睡している。

人の気配がない。あれ、留守かな? と思ったら店の奥の暗がりに手ぬぐいで姉さん被りのおばあさんがいた。椅子に座ったまま彫像のように微動だにしない。

「死んでる・・・・」

と思ったら、大きく目を見開いた。

「あれ、ごめんなさいよ、居眠りしちゃてたよ」

パチンと蛍光灯のスイッチをいれると、ようやく室内が明るくなった。それにしても閑散としている。観光シーズンなのにお客がぜんぜんいない。

桃を15個ほどほしい旨を告げると、もうシーズン終わりかけでそんなには揃わないとのこと。でもいいの選んでやるよといって選び始めた。

「うちのは旨いよ。ほら一個やるから剥いて食いな」

剥いて食べると・・・・旨ぇ!! ほっぺた落ちそう。おばさん、これすごくおいしいですねぇ。

と、そこでガラガラッとガラス戸の開く音。一組の家族連れが来た。初老の夫婦とその娘らしい女性と小さな子ども。

前にも書いたと思うけど、僕は福の神なの。空いている店も僕が入るとなぜかその後、人が続けて入って賑やかになるの。ほんとだよ。この後ももう一組の家族連れとカップルが相次いできて、狭い店がぎゅうぎゅうになったのだ。

で、この一組目の家族連れのおばさんがなかなかエグイ人でね、豹柄がよく似合うタイプ。

「ちょっとおばあちゃん安くしてヨォ」

などと言いつつそこいらにある桃を無遠慮に触るのでおばあさんに怒られていた。そして僕らのほうが先に来て商談(?)をしていたのに割り込んでくる。やれやれ。

でも、桃屋のおばあさんは明らかに僕らに肩入れしていた。いや「僕ら」っていうのは正確じゃないな。ツレに、だ。

ツレはなぜかどこに行ってもおばあさんに可愛がられる。妙に年寄りうけがいいまるでイソノテルヲのような、じゃなかった磯野カツオのようなやつなのだ。

この時もやけにおばあさんに気に入られて、ずいぶんとおまけしてもらった。そして目を光らせている件の豹柄おばさんの目を盗んでエプロンの下に隠した大きな桃を2個、

「ほら、持っていきな」

とサービスしてくれた。


帰りに立ち寄った談合坂サービスエリアでも桃を売っていたので比べてみたけど、比較の対象にならないほど安くしてもらっていた。

談合坂サービスエリアで昼食。幸いまったく並ばずにレストランに入れた。そして食べ終わったら店の前には長蛇の列ができていた。ほらね。


そんなわけで、2泊3日の甲州家族旅行は無事に終わった。しばらくは誰も体重計に乗ろうとしなかったのは言うまでもない。そして「食べ飽きる」ほど買ったはずの桃はあまりにも美味しくて、食べつくしても食べ飽きることはなかった。おばあさん、ありがとう。