越南点描(15) ベトナムのラストエンペラー

一日遅れてしまったが、今日はベトナムに行く前に読んで1番面白かった本をご紹介しよう。


それは森達也の『クォン・デ もう一人のラストエンペラー』。



クォン・デ もう一人のラストエンペラー


フランス統治下のベトナム。そのくびきから逃れるために、当時日の出の勢いにあったアジアの新興国、日本に助けを求めた一人の青年王族がいた。それが、クォン・デだ。っていうと「中村屋のボース」みたいだけど、こちらはあんなに颯爽としていない。


日本では犬養毅大隈重信らの庇護を受けながら独立運動の機会をうかがったが、やることなすことうまくいかない。チャンスもつかめない。どだい日本に救いを求めたのが間違い。日本はそんなタマじゃない。そのまま漂泊すること45年、失意のなか東京の陋巷に果てた悲運の一生だった。

その一生を追った評伝がこの本だ。これは本当におもしろい本だった。クォン・デの凡庸さが悲しくもいとおしい。時代さえよければ教養はあるしスマートだしきっと幸せになれたんだろうなとつくづく思う。


この、悪く言えばグズグズ、ウジウジした軌跡を、グズグズ、ウジウジした“芸風”の森さんが追うという趣向が面白い(いうまでもないけどグズグズ、ウジウジしているのはあくまで森さんの“芸風”。ご本人は大胆な果断の人だと思う)。そしてまた大国の思惑に翻弄され続けたクォン・デの生涯こそが、近代ベトナムの姿そのものだったとも思う。


ところで、クォン・デは日本に向かわせた最大の力は何かというと、それは忠臣、ファン・ボイ・チャウの影響である。このチャウこそがクォン・デを軸とした国家再建を企て、日本に渡る道筋を作った人物だ。そして「東遊(トンズー)」といって、多くの若者を日本に送り込んだ。「日本に学ぼう」というわけだ。この森さんの作品にも重要なキーマンとしてチャウが登場する。その石像が図版として掲載されていた。


今回のツアーでは古都・フエに行った。フエはクォン・デの一族であるグエン王朝の都である。彼の地には当然、グエン王朝をしのぶものがたくさんある。王宮跡や王墓などいろいろ。それらを回った後、フエの市内に向かうバスの中で、窓の外を眺めていた僕は思わず声を上げた。


「あ、チャウ」


「え、何が違うの?」とは誰も突っ込んでくれなかったが、思わず声を上げた。森さんの本に掲載されていたチャウの石像が、道路沿いのフェンスの向こうの公園のようなところにあったのだ(後で調べたらチャウの記念館だった)。まるで渋谷のモヤイのような存在感。



ファン・ボイ・チャウ


「おおーい、停めてくれ!!」とは、団体旅行なので言わなかったが、次の休憩のとき現地人のガイドさんに、先ほどの石像について詳しく聞いてみた。でも残念ながらあまりよく知らないようだった。


まぁ、それは仕方がない。もし東京の貸し切りバスで九段坂を通過するとき、木立の中にある馬に乗った軍人の銅像を見かけたガイジンが、若いガイドさんに大山巌についての質問をしたときに、ガイドさんがスラスラと答える図は想像しにくいものね。


とこのように、事前に本を読んでおくと、ただ窓の外を見ていても二重三重に楽しめるのだ。特に僕同様、感性に自信がない人にはお勧め。