切り裂かれた十八分。

今日は「映画『無法松の一生』と完全復元パフォーマンス杉並公演パート? 〜〜切り裂かれた十八分」と言うイベントに行ってきた。場所は蚕糸公園近くの「セシオン杉並」。結論から言うと、かなり面白かった。だから今日の日記は長いぞ。

 
 「無法松の一生」をご存知だろうか。原作は「冨島松五郎伝」という。岩下俊作の作だ。

  時は明治後期の九州・小倉。無学な乱暴者だか純情一途な人力車夫「無法松」を主人公とした映画だ。その子どもを助けたことで出会い意気投合した小倉連隊の吉岡大尉の死後、その未亡人と遺児・敏雄を献身的に守り励ます姿が観客の心を打つ。

  1943年大映作品。監督は稲垣浩、脚本は伊丹万作。主演は坂東妻三郎。戦後、ミフネ、カツシンでリメイクされているが、ベネチアで賞を獲ったミフネ版でさえオリジナルには及ばないと言われている。

  有名な話だが、この映画は当時の軍政の検閲によって10分間分カットを受けている。それは無法松が吉岡未亡人に思慕の情を寄せる描写がNGだったのだ。無知蒙昧な車夫が帝国軍人の未亡人に恋慕するなどけしからんというわけだ。

  しかも、これは知らなかったのだけど、戦後もGHQによって8分間カットをされている。学芸会で唱歌を歌うシーンなどが「軍国主義を助長する」と判断されたらしい。10分と8分で合計18分。これがイベントタイトルの由来だ。


  今日行ったパフォーマンスはその「削除部分」を再現しようと言うものだ。映画評論家の白井佳男さんがライフワークとして主催されている。詳細はボタンをクリック。

  第一部は、白井さんの短いトークに続いて映画を通しで上映した。僕はミフネ版を何度も見ているので話がわかったが、全くの初見の長男・虎太郎(仮名・中2)はあまりの無神経なカットの多さに、いまひとつストーリーを理解しきれない部分があったようだ。あ、そう、虎太郎と行ったのだ。この件の話をしたら興味を示したので。場内最年少だったみたいだ。

  で、いよいよ第2部だ。カットされた部分を、公募されたキャストによって朗読で再現する。脚本は残っているのだ。舞台に20数人が並び、カットされた部分の朗読劇を行い、白井さんの解説とビデオ投影が補足する。それにより何が当局にとって都合悪かったのかがよくわかる。ものが言えないということの恐ろしさを改めて再確認できたような気がする。だって、本当に素晴らしいこの映画のキモとなるような部分をホントつまらない理由でカットしてるんだもの。

  白井さんは言う。

「こういうわかりやすい検閲はまだいい、抵抗できるから。でも内なる自己検閲は抵抗できないからもっと恐ろしい。今の時代、それが多くなっている・・・」と。

 「もの言えば唇寒し」とか言うけど、寒くったって言わなきゃいけないんだね。


  ところで、ぼくがこのイベントをどこで知ったかというと偶然だ。阿佐ヶ谷に仕事で行った時、杉並区リサイクルセンターの掲示板のポスターで知ったのだ。興奮で足が震えてしまった。

  ポスターに書いてあった事務局の番号に電話すると留守電。メッセージを吹き込んだら、数分後、電車の中で携帯電話が鳴った。出るとドスの聞いた声。白井さんご本人だ。東京12チャンネルの映画解説で毎週聞いてたあの声で電話がかかってきた。それでチケットの入手方法を伺った。


  ポスターを見てなんで足が震えたかというと話は単純、僕は無法松が大好きなのだ。ミフネ版をテレビで見たのが最初かな。いや、少年ジャンプに「あすなひろし」さんが漫画で書かれたのが最初だったか。ともかく小学生の時から大好きだった。これが男の生きる道と思った。今でも思っている。

  検閲カットの話はテレビを一緒に見ていた父から聞いたのだと思う。坂妻のも場面転換に車輪の回転の映像を使っているんだとか、稲垣監督略してイナカンで「伊那の勘太郎」のモデルとは言わないが名前のもとになったとか聞いた覚えがある。考えてみりゃあヘンな英才教育を受けてるね、アタシも。ちなみに僕の父は白井さんと同年だ。

  僕が小学校4年生の時に、図工の時間に「物語の絵を描く」という課題が出た。同級生が「ニルスの不思議な旅」とか「宝島」とか描く中で、僕は「無法松の一生」を描いた。夕焼けの小倉の町で車を引いた松五郎と敏雄少年が向かい合っているという構図だ。「明治らしく」ということで背景には山高帽の紳士を配した。先生からの評価はものすごく低かったな。まあ、これは下手糞な絵だったら仕方ないけどね。

  当然、小倉市の「無法松の碑」にも詣でている。物語に無法松の住処として設定されている場所だ。今は面影はまったくない。地味なオフィス街になっている。

  とにかく面白いイベントだった。行ってよかったなあ。またもう一度見たいと思うし、多くの人に見て欲しいと思った。

  あと、大きい声で言っておかなきゃいけないのは、公募のキャストの素晴らしさ。実にイキイキとカットされた部分を再現していた。すごいぞ、杉並区民!! 国立(くにたち)でもやりたいなあ。